10.先へは進めんな。お互い
「……はあ、本当ですかそれは」
クラテリアの『ティオ様のお妃様』発言を知ったセヴリースは、苦々しげに顔を歪めた。
「恐らくな。かの令嬢たちが、嘘であのような発言をするわけがなかろう」
「確かに。一つ間違えれば反逆罪ですからね……」
小さくため息をつきながら書類を確認するローザティアの呆れ声に、腹心としては頷くしかない。その発言の真意を確認せねばならないが、おそらくはクラテリア当人の無知からくる無邪気な発言であろう……というか、あってほしいセヴリースであった。
万が一、現実を知っていてのその発言であれば自分たちは、その発言者と場合によっては家もろとも処罰せねばならなくなるからだ。
「いや、我が国の民ならほとんどが知っていることだと思うのですが」
「考えてみれば、ここ数代は他国と同じように続いているからな。忘れている民も多いのではないかな」
「なるほど。前回は……五代前でしたね」
思わず、記憶の中を探るセヴリース。彼自身としても知識でしか知らぬ問題は、このファーブレスト王国に特有のものである。
ただ、これは貴族であれば知っているはずの問題であり、クラテリアはツィバネット家に引き取られた折に教え込まれているのが当然の話だ。そうでないとすれば、理由は主に二つに絞られる。
一つは、教わりはしたもののクラテリアが覚えなかった場合。
そして、もう一つは。
「ツィバネット男爵が意図的に教えていない、となると本命はあちらの方になるが」
「はい」
最悪の事態を、そう言った言葉を使わずにローザティアは示唆した。
つまり、クラテリアの養父であるツィバネット男爵がクラテリアに教え込む知識を制限し、そうして学園に送り込んだ。自身の何らかの意図によって……ということになろう。
「いざというときは、全てをクラテリア嬢の責任として切り捨てるつもりですかね。まあ、実の娘ではありませんから」
「姪だがな。あの年まで会ったこともなかったのだ、情もないのだろう」
その場合クラテリアは、養父の意図、もしくは陰謀の捨て駒にされたということになる。彼女も被害者、と言えなくはないがそれでも、これ以上の問題を起こした場合に何らかの処罰は必要だろう。
「しかし、クラテリア嬢にも問題はありますよね」
「そうだな。というか、愚弟どもを除いて孤立しておるのは本人の性格のせいだ」
セヴリールの指摘に、ローザティアは頷く。
クラテリアが知らない、王族や貴族の事情。それらは貴族の友人ができれば、おいおい指摘を受けて覚えていくものだ。現在彼女のそばにいるティオロードや貴族子息たちはどうやら、彼女が何かを知らないことを知らないでいるらしいが。
「せめて、殊勝な態度で周囲に接しておれば友の一人や二人もできたであろうにな」
「最初はおとなしかったようですが、ティオロード殿下との交流が始まってからだんだん態度が大きくなってきたそうですね」
「どうしてそういう相手に惚れるかな、愚弟は」
「……我が弟も、ですね……」
はああああ。
同時に大きくため息をついて、ローザティアとセヴリールはがっくりと項垂れた。
自分たちの弟が面倒を見ていながら、当のクラテリアは重要なことを知らないでいる。それが彼らの気を重くさせている一因だ。
そして、弟たちがクラテリア・ツィバネットに夢中になっているために放置されている、他の令嬢たちのことも。
「……私としては、アルセイラを不幸にしたままでお前を迎えたくはないのだ。セヴリール」
「私もです。個人的にも、ミティエラ嬢のことがございますし」
「きちんと始末をつけてからでなければ、先へは進めんな。お互い」
「はい」
これほど近くに、長くいる婚約者どうしでありながら彼らの婚姻への道はなかなか進めないでいる。その原因であろうツィバネット家に対し、ローザティアは黒い笑みを浮かべてみせた。
「ふふふ……おのれ見ておれよ。後ろ暗いところがあれば、私は容赦はせん」
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