11.して、何用かな?

 お茶会から数日後。

 セヴリールが、怪訝な顔をしながらローザティアのもとにやってきた。


「殿下」

「ん」

「ツィバネット男爵が、お目通りを願っております」

「ほう?」


 その人名に、書類から顔を上げた王女もまた戸惑った表情をしている。あまり顔を見たくない相手ではあるが、用件次第によってはそうも行かない。何しろローザティアは、父たる国王から幾分の政務を預かっている身なのだから。


「用向きは何だ」

「ご息女のお相手を探しておられるようですので、取りなしを求めるものかと」

「ふむ。……よかろう、執務室ここで会おう」


 セヴリールから用件を聞き、彼女は一瞬だけ考えて決定した。どちらかと言えば私的な用件であるため、プライベートに近い空間を面会場に選ぶ。

 そうして、ローザティアの口元が少しだけ歪むのを、セヴリールは見た。


「……私に取りなしとは、面白い輩もいるものだな」

「仰せの通りでございます」




 少しの時間を置いて、扉がノックされた。「入れ」というローザティアの声に呼応してセヴリールが開いた扉の向こうには、小太りの中年男性が着慣れない正装に身を包んで立っている。クラテリアの義父、ツィバネット男爵ブリガンドだ。


「王女殿下におかれましては、お目通りのお許し大変にありがたく思います」

「何、かまわん。楽にされよ、ツィバネット男爵」


 室内に足を踏み入れてすぐ深々と頭を下げた男爵に、ローザティアはにこやかな顔を作って声をかけた。

 少なくとも彼女と親しくない男爵からは、厳しい表情をたたえていることの多い第一王女が笑顔で出迎えてくれている、ならば歓迎されているのではないかと誤解させるような表情だ。


「して、何用かな? これでも、国王陛下より様々な政務を任されておってな、そうそう暇ではないのだが」

「そのお忙しい合間をわたくしめごときにお使いいただき、ありがたい。実は、我が娘クラテリアのことで少々お願いがございましてな」

「弟殿の忘れ形見を引き取られた、と聞いている。男爵令嬢としての教育は、進んでいるのか?」

「はい。なかなかに頭の良い娘でございまして、マナーは学園に入るまでにはほぼ心得てございます」


 うそつけ、というローザティア、そしてセヴリールの思いは声にはならない。男爵自身がそう思い込んでいるのか、クラテリアがマナー自体は身につけているのか、それは分からない。


「で、クラテリア嬢に関する願いとは、何かな」

「あの子も来年度には学園を卒業するのですが、何分わたくしめには良縁の伝手がございませんでな。元から子がいれば、近い年齢の子がいる家と付き合いを持つのですが」

「ツィバネットは、あまり他の家とは交流を持っていなかったな。こういうときに困るとは、考えなかったのか?」

「お恥ずかしながら」


 他家と交流が少ない家、というのは珍しいものである。係累の良縁以外にも商取引や様々な結びつき、そういったものが積み重なることでそれぞれの家は繁栄し続いていくものだ、とローザティアは考えている。他でもない自身の家、ファーブレスト王家がその代表であるからだ。


「……ということは、クラテリア嬢にふさわしい相手を見繕え、とそういうことかな?」

「言葉を選ばずに申し上げれば、そういうことになります。何卒、王女殿下のお力添えを……」

「……」


 冷や汗をかきながら必死に答える男爵の様子を観察していて、ローザティアは目を細めた。

 この小心者に、国をひっくり返そうなどという野心はないかな。

 そう考えてから、彼女は口を開いた。


「先程そなたは、クラテリア嬢がマナーを心得ていると言ったが。婚約者のいる貴族子息を侍らせるような行いも、そなたの家で教え込んだか? 例えば、うちの弟のような」

「へあっ!?」


 あ、これ、娘が勝手に暴走してるな。

 男爵が本気で目を丸くした上に腰を抜かしている姿を見て、ローザティアとセヴリールは同時に同じ結論に達した。

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