09.とてもお綺麗に変わられますのね

「まあ、ツィバネットはともかくとして、だ」


 メイドに命じて新しい紅茶を準備させながら、ローザティアは椅子に座り直す。クラテリア周りの話を聞かされて、どうも落ち着かないようだ。実弟や腹心の弟が、学園内で愚かな言動を働いているのだから。


「すまぬな、皆。その……そろそろ、先を考えておいて欲しい」

「先、と申しますと」

「愚弟とその取り巻きどもに関して、だな」


 代表してその真意を尋ねたアルセイラに対し、素直に答える。というよりも、それ以外の回答は存在していないだろう。この場にいる令嬢たちは全員『愚弟と取り巻きども』の関係者であり、この場に集まった理由もそこなのだ。

 その中でローザティアは、ミティエラの前に進み出た。


「ミティエラ嬢、そなたにはステファンの兄であるセヴリール、そしてユージェスト殿からもすまないという言葉を預かっている」

「いいえ。こちらこそ、王女殿下やセヴリール様のお心を煩わせるようなことになってしまい、申し訳ありません」

「こちらの身内がそなたらに迷惑をかけておるのだ。こちらが謝罪するのが筋というものだぞ」


 ローザティアの困り顔に、ミティエラは言葉を受け取ることを決めた。正式なものは後々ガルガンダ家からもたらされるであろうが、婚約者の兄たちが弟の愚行を相手に詫びる気持ちは理解できたから。それは、他の者達も同じことである。

 と、再びアルセイラが口を開いた。ただし、今度は別の用件について。


「ところで、ローザティア様」

「何だ?」

「その、ローザティア様の方こそ、先をお考えになられたほうがよろしいのでは、と愚考いたしますが」

「私がか?」


 自身に話を振られてローザティアは、目を丸くしつつ己を指差す。この場は婚約者たちに袖にされている令嬢から報告を受ける場であり、なぜ自身に矛先が向けられるのか理解できていないらしい。


「失礼ながら。ティオロード様が駄目駄目なのですから、この際さっさとセヴリール様とのお式を進められたほうがよろしいかと存じます」

「そうですわね。ティオロード殿下のご卒業をお待ちいただいていたのに、あの体たらくですものね」

「っ!?」


 だがアルセイラと、そしてマリエッタがそんな言葉を口にした瞬間。

 ぽん、と何かが弾けるような勢いでローザティアの整った顔が真っ赤になった。持ち上げられた両手で、顔を半ば隠すように覆う。


『まあ』

「ほんとうに、ローザティア様が赤くなられた!」

「は、初めて拝見いたしましたわ」

「お顔の色が、とてもお綺麗に変わられますのね」


 アルセイラ以外の三人が、感心の声を上げる。

 ローザティア・ド・ファーブレスト王女はいつも凛とした態度を崩さず、冷徹でいて温情のある素晴らしい王女であると国民からの評判は高い。幼子が初恋の人、と呼ぶ憧れの人物の九割はローザティアである、という本当か嘘か分からない伝説が、国内外に流れているとか何とか。

 その憧れの人物が今、自分たちだけの前で顔を赤らめ、照れる仕草を見せているのだ。普段見ることのない一面を拝見することができて感動、というのが令嬢たちの一致した意見である。


「……あ、アルセイラ?」

「申し訳ありません、ローザティア様。だって、セヴリール様に関してのお話を振られた時のローザティア様、とても可愛らしいんですもの」


 義妹になるはずの女性の名を呼ぶ声に、いつものような迫力はない。故に話を持ち出したアルセイラは、にっこり微笑んで言葉を返した。

 ローザティア王女は実弟ティオロードの学園卒業とアルセイラとの婚姻を待ち、腹心たるセヴリール・ガルガンダを夫として迎えることになっている。本来ならば彼女自身の卒業後すぐに、という話だったのだが、弟が一人前になるのを待ちたいというローザティアの意思を家族と、そしてセヴリールが受け入れた結果だ。

 ファーブレスト王国の民はほとんどが知っていることだが、そこにクラテリアが含まれているかどうかをこの場にいる全員は知らない。

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