08.それがどうかしたんですか?

「……なるほど」


 普段は手入れがなされ、なめらかな見た目であるローザティアのこめかみに青筋が走った。自分たちに向けられた怒りでないことは分かっていても、その場にいる令嬢たちが思わず身をすくめたのは致し方あるまい。


「下級生に教えておる暇があったら、己の成績を何とかしろとは言っておいたはずなのだがな……すまんな、面白くもないものを見せてしもうて」

「あ、いえ」

「確かに、面白くはなかったですね。考査の結果で、少しはすっとしましたが」


 ボソリと呟いた王女の言葉に、思わずマリエッタがぶるりと首を振る。アルセイラのフォローで、ローザティアも含めて全員の表情は少し崩れた。ティオロードを始めとした、クラテリアの取り巻き化した婚約者集団は軒並み最下位レベルだったから。

 場が温まったところで、リーチェリーナが紅茶を飲み干してから手を挙げた。


「あの、わたくしからもよろしいでしょうか?」

「リーチェリーナ嬢か、構わんぞ。そういえばそなたとミティエラ嬢は、件のクラテリア嬢と同学年であったな」

「はい。実はその教室でのお話でして」


 普段の生活を、自分たちの婚約者を取り巻きにしている女とともに過ごす。よく我慢している、とクラスメートたちからも慰められる彼女の証言を、ローザティアは呼吸を整えながら聞くことにした。




 クラテリア・ツィバネットという娘は、同学年に友人と呼べるものを持っていない。入学してすぐティオロードと言葉をかわすようになり、その友人たちであるステファンたちとの交流に重心を置いているからだろう。

 その日もクラテリアは、ティオロードのいる別学年の教室からいそいそと帰ってきた。「ティオ様、とっても優しいっ」と人の目を気にすることなくはしゃいでいる彼女に、さすがのクラスメートたちも咎める声を個々に上げた。


「クラテリア様、程々にされたほうがよろしいのではありませんか?」

「そうだよなあ。何しろ、ティオロード殿下には婚約者がおられるんだぜ?」

「それに、お家の格が釣り合いませんわ。クラテリア様、きちんとしたマナーも覚えきれておられないようですし」

「それがどうかしたんですか?」


 その声に対する彼女の答えは、首を傾げての問い返しだった。クラテリアに好意を持つ者であれば、その仕草はいかにも可愛らしく見えただろうが、本性にうっすら気づいているクラスメートに対しては逆に反感をもたせるものでしかない。


「確かに私のおうちは男爵家でティオ様は王子様ですけれど、そんなの関係なくないですか?」

「婚約者っていっても、お父さんやお母さんが勝手に決めたものだって聞きましたよ。貴族の人たちって、不便な生活してるんですね」

「は?」


 確かに貴族の結婚の場合、相手は両親や親族によって決定されることが多い。だが事前に顔を合わせ、いくらか交流を深めた後に相性を考えて決めることもあるし、それこそ恋愛によって結ばれた夫婦も少ないながら存在する。もちろん、互いの家格に釣り合いが取れ、家同士で話がまとまった場合ではあるが。


「その点、私は決まった人がいませんから、自分からアタックして決めるんです。ティオ様だって、それが一番だよって言ってくれましたもん」

「……あ、そう」


 そういった貴族の事情を知っているのか否かはわからないが、ともかく我が道を行く宣言をしたクラテリアにクラスメートたちはそれ以上口を挟もうとはしなかった。言っても無駄だ、と考えたのだろう。

 ただ、リーチェリーナはその直後、クラテリアが小声で呟いた言葉をはっきり聞き取っていた。


「私、ティオ様のお妃様になっちゃうもんね」


 彼女は、そう言った。




「………………は?」

「さすがにわたくし、何も申し上げられませんでした……」


 王女にはあるまじき表情、具体的にはぽかんと口を丸く開けたままあっけにとられているローザティアに対して、リーチェリーナはそう答えるのがやっとだった。同じ学年であるミティエラに視線を向けると、彼女はあわあわと首を振った。


「ごめんなさい、ローザティア様。さすがに、そこまで何もご存じないなんて知らなくて……」

「そなたが悪いのではない故、気にしなくて良い。……ツィバネット男爵家に引き取られてから、基礎教養は教え込まれていると思ったのだがな」


 ふむ、と首をひねるローザティア。その周りでマリエッタとアルセイラが顔を見合わせ、ミティエラとリーチェリーナともども信じられないという表情で言葉をかわしている。


「クラテリア様って、不遜なお言葉を使われますのね。どう思われます? アルセイラ様」

「事によっては、国家を揺るがす事態ですわ……いくらなんでも、ティオロード様がそのようなことをお考えだとは思えませんが」

「リーチェリーナ様、クラテリア様は本当にそう、おっしゃったのですね?」

「ええ、間違いありませんわ」


 ざわざわと狼狽える少女たちに対し、ローザティアは「まあ落ち着け」と声をかけた。そうして全員を見渡して、自身の考えを伝える。


「クラテリア嬢の発言については、耳にしたのがリーチェリーナ嬢だけである故、他言無用とする。こちらで調査を強化するので、そなたらは知らぬふりをしてくれ」

「大丈夫なのですか?」

「愚弟ならば心配はいらんよ、アルセイラ。ツィバネットが愚かであれば、罰を下すだけだしな」


 友人の不安げな表情に、あくまでも第一王女はニヤリと不敵な笑みで答えてみせた。

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