07.得意のレベルが少々……ねえ
「さて、楽にして欲しい。この場はプライベートでな、私のことも名で呼んで構わん。殿下なんぞ堅苦しい場だけで十分だ」
夏、王立学園は長期休暇となる。ローザティアがクラテリアのことを知ってから半年近く、学生がそれぞれ一学年進級してから三ヶ月ほど経ったこの日、彼女はアルセイラを始めとした貴族令嬢を自身のお茶会に招待していた。
ジョエル・オーミディの婚約者、青いストレートヘアが印象的なプラネル侯爵令嬢マリエッタ。
ニルディック・ワンクライフの婚約者、ふわふわの白に近い金髪をツーテールにまとめたベオティカン伯爵令嬢リーチェリーナ。
ステファン・ガルガンダの婚約者、漆黒の髪をアップにしているグサヴィット侯爵令嬢ミティエラ。
すなわち、クラテリア・ツィバネットの取り巻きと化した貴族子息たちの婚約者たちである。
「皆を茶会に招いたのは他でもない。弟はじめ、皆の婚約者たちに対する感想……そうだな、愚痴を存分に吐き出す場として設けたのだ」
淹れられた紅茶の香りが漂う中、ローザティアはかの令嬢たちをゆったりと見渡した。シンプルな水色のドレスをまとう彼女は、どこまでもたおやかな王女殿下としてそこにある。
「そなたらの婚約者の態度、相も変わらずと聞く。此度は身近で見ている皆に、率直な意見を問いたい。そのついでに、彼らには直接吐けぬであろう愚痴をここで捨ててゆけ。全ては私が受け止めよう」
堂々たる言葉ではあるがその実、ローザティア自身少々不安げな表情である。愚痴を吐かれる人物の筆頭が、自身の弟だからだろうか。無論それは、招待された令嬢たち皆が知っていることなのだが。
「あの、でしたらよろしいでしょうか」
「構わんぞ、マリエッタ嬢」
その中で、マリエッタ・プラネルがまず手を挙げた。辺境伯の子息と縁を結ばれるだけのことはあり、度胸があって羨ましいと以前アルセイラが感心していたことをローザティアは覚えている。
「……ローザティア様は、学園で期末考査が行われる前に自習なさったことは」
「もちろんあるぞ。近代史がゲルトルード先生の担当だとなかなか意地悪い問題が出てなあ、苦労したものだ」
「あ、前からなんですか」
「ああ、そうだ」
さほど年齢が違わないため、ローザティアが在籍中に学んだ教師たちはそのほとんどが今も学園で教鞭をとっている。その中でも印象的だった一人の名を挙げてから、王女は「それで?」と先を促した。
「あ、はい。それで、わたくしどもも友人同士で考査に向けて自習をしていたですが、その」
マリエッタが同席の友人たちと顔を見合わせながら言葉にしたのは、皆の婚約者たちのことだった。
「ねえ、ティオ様。テスト勉強、教えてくれませんかあ?」
自分たちも考査に向けて大変だというのに、わざわざ上級生の教室までやってきたクラテリアがそんなことをティオロードにねだっていたという。他の生徒たちも通る、教室前の廊下でだ。
それで本人はどうするか、と思いきや。
「ああ、そうだな。じゃあ、ジョエルたちも一緒にどうだ。それぞれ得意教科が違うからな、クラテリアに教えてやれる」
「本当ですか? やったあ!」
どうやら彼は、自分の考査を捨てることにしたらしい。クラテリアを腕にぶら下げるようにしてティオロードは、「ジョエル! ニルディック、ステファンも!」と教室の中にいる仲間たちの名を呼ばわる。
「クラテリアが勉強を教えてほしいんだそうだ。俺は歴史なら行けるんだが、お前ら協力するよな?」
「ああ、もちろん。国語なら任せてくれ」
第一王子の要請に応じ、ニルディックが胸を張る。そこにジョエル、そしてステファンが続く。
「僕は、数学と地学なら」
「俺は魔法学なら行けるよ」
「よかったあ! 皆さん、よろしくおねがいしますねっ!」
きゃっきゃと明るく喜ぶクラテリアを取り囲み、ティオロードたちはいそいそと教室を離れる。それを見送って、クラスメートたちはできるだけ何事もなかったかのように自分たちの勉強に戻ることにしたようだ。
「……あれは何でしょうね。アルセイラ様」
「得意科目、とおっしゃっておいででしたが」
酷く重い空気の中、マリエッタはアルセイラと顔を見合わせた。クラテリアが入学し、ティオロードたちの興味を引き始めてから彼らの成績はじりじりと下がり始めている。得意も何も、あったものではない。
「得意のレベルが少々……ねえ」
「構いませんわ。わたくしどもはわたくしどもで、考査対策をすればよいだけの話ですもの」
「そうですわねえ。念のため、リーチェリーナ様とミティエラ様のところに参りましょう」
「ええ。報告書をまとめて、ローザティア様のところにお送りしなくては」
お互いに顔を見合わせてから、アルセイラとマリエッタも立ち上がり教室を後にする。一学年下に在籍している二人の令嬢を、迎えに行くために。
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