06.それはあまり面白くないな
「父より、手紙を預かって参りました。それとこちらは、オーミディ辺境伯からの早文です」
「ご苦労」
ニ通の蝋で蓋をされた封筒をセヴリールから受け取り、ローザティアはため息交じりに頷いた。その一つを素早く開き、内容に目を通してほっと一息をつく。
「オーミディの当主が落ち着いたタイプで助かったぞ。陛下によれば、先代はとてつもなく血の気が多かったそうだからな」
「ああ。ご子息が婚約者以外の令嬢にうつつを抜かしていると知れば、間違いなく領地から飛んできただろうと父も申しておりました」
「ま、隣国との国境争いを収められた功労者だからなあ……ご存命であれば、孫が愚かに育ってお怒りであろう」
先にローザティアが内容を見た封書は、オーミディ辺境伯家当主からの親書であった。ティオロードと同じく、婚約者がありながらクラテリア・ツィバネットに鼻の下を伸ばしている愚か者の一人を息子に持つ父親である。
現在の当主はおっとりとした性格であり、自身の父が築き上げた領地をのんびりと守っている。その父である先代当主は息子とは対照的に荒々しく、隣国との境界線が定まっていなかった辺境の地を自ら先頭に立ち槍を振り回して己の領地とした立役者だ。
緩やかな性格の現当主は、自身の息子の愚行に対しても慎重に事を運ぶことにしたようである。第一王女に当てた手紙には我が子に婚約者との仲や学園生活について問うてみること、自身の配下を使い我が子の学園生活について調査の手を入れることなどが記されていた。
「ガルガンダの当主にも手間を掛けさせてしまったな。外交に忙しい時期であろうに」
「西とはカタがついております。それに、殿下同様兄が父の補佐に入っておりますので」
セヴリールとの会話を続けながらローザティアが続けて開いた封書は、そのセヴリールの実家であるガルガンダ公爵家からのもの。現在の当主である彼の父親からの親書であり、内容はオーミディ当主からのものとさほど変わりはない。
少し前にはワンクライフ宰相から直接、これも同様の調査を行うことを口頭で報告されている。既にローザティアは実弟の学園生活周りについて様々に調査の手を伸ばしており、これでクラテリアに籠絡されている男子生徒の周辺はほぼ丸裸にされるだろう。
「各家とも、それとなく子息たちに婚約者との仲を伺いつつ調査を入れてくれることになった。万が一にも、重要事項の漏洩などあってはならんからな」
「ガルガンダでも即座に調査しておりますが、今のところ問題はないようです。随時、兄のほうから知らせをもらえることになっております」
「ああ、ユージェスト殿には深く礼を言っておいてくれ」
「はっ」
セヴリールよりも鋭い視線と、少し低い身長を持つ彼の兄のことを思い出しながらローザティアは、手紙を封筒にしまい直した。各家の子息たちに関する事柄とは言え、王国の重鎮の手を煩わせることになるのは面倒だなあ、という本音が顔に出てしまっている。
それはセヴリールにも分かっていたが、ある意味当事者の一人であり調査を行っている一人からするとどうしても、主に伺わねばならぬことがある。それを彼は、あえて言葉として紡いだ。
「ティオロード殿下におかれましては、いかがですか」
「あー」
途端、ローザティアが大きな執務机の上に突っ伏した。その仕草だけで結論は理解できるのだが、できればセヴリールとしては報告を受けたい。故にしばし待ち受けていると、ややあって第一王女はゆっくりと顔を上げた。
「芳しくない。この前、王妃陛下がアルセイラ様とともに愚弟をお茶会に招いてな。それとなく婚約の重要性を伝えたとおっしゃっておられたが……はて、それで理解したものか」
「ああ」
ローザティアの言葉は酷く遠回しなものであるが、要は実弟ティオロードが愚かで口にも出したくない、ということなのだろう。そうセヴリールは結論づけて、ふと思い出した。
確か昨日、ローザティアのもとにはアルセイラから手紙が届いていたはずである。友人からの手紙ということもありセヴリールは内容を伺わずにいたのだが。
「つまり……昨日、アルセイラ様から届けられた手紙の内容というのは」
「愚弟めが、相変わらずクラテリアとやらにうつつを抜かしている、というものだった。仕事がなければ速攻で学園に乗り込んで、後頭部を蹴り飛ばしてやるものを」
「確実にとどめを刺すことになりますので、おやめください」
「む」
実力行使を即座に制止されて、ローザティアが軽く唇を突き出す。不満であるのは、同じ愚かな弟を持ったセヴリールも理解はできる。できるのだが、ローザティアが本気で人を蹴り飛ばせばその生命にとどめを刺すことなど造作もないだろう。
「関係者が極刑にでもなれば、介錯をお願いしてもよろしいのですが」
「それはあまり面白くないな。それより、休憩させろ」
そうしてセヴリールが折衷案として提出した案は、一言のもとに却下された。再びべたんと机の上に突っ伏したローザティアの頭を、セヴリールはそっと撫で付ける。
「お疲れなのですね、ローザティア」
「ああ、ものすごく疲れた。おのれ愚弟」
「示す相手は違いますが、私も同じ気持ちです」
執務室での短い休憩時間、二人は静かな会話に終始したという。
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