05.お父さんはそういう名前でした~クラテリア~

 夢を見たことがある。

 私は貴族のお嬢様になってて、私の隣には王子様がいて、周りには貴族の跡継ぎたちがいて。

 それで私は、別のお嬢様と王子様を別れさせて、王子様の恋人になったの。

 その時は、特になんとも思わなかった。

 目が覚めてからだいぶ忘れちゃったし、まさかそんな夢が現実になるなんて思ってないもんね。


 私に名字がついたのは、十三歳のときだった。

 お父さんは私が生まれてすぐに死んじゃった、ってお母さんに聞いた。そのお母さんは、私が十歳のときに病気であっさり死んじゃった。そこからはパン屋の下働きとか、ゴミ捨て場漁りとかをやってたんだけど、すぐに捕まって孤児院に放り込まれて。

 で、そこから三年経った頃、その孤児院にすごくキラキラした馬車がやってきた。院長先生に呼ばれて院長室に行くと、これまたキラキラしたきれいな服を着たおじさんと、お供の若い人がいて。


「お前が、ソラージュの娘か」

「あ、はい。お父さんはそういう名前でした」


 おじさんに尋ねられて、まあ否定する理由もないので頷いた。お母さんからはお父さんの名前はソラージュで、私のちょっと赤っぽい金髪と目の暗い青色はお父さん譲りなんだよって言われてたんだよね。

 そう言えば、このおじさんも同じ色だなあ。お父さんの親戚なのかしら。


「名は何という」

「く、クラテリア、です」

「クラテリアか」


 お父さんがつけてくれたっていう名前。平民も平民だから名字なんてないから、私を示すのはこのクラテリアっていう名前だけだ。だから私は、胸を張ってそう名乗った。

 そしたら。


「今日から、お前の名前はクラテリア・ツィバネットだ。我がツィバネット男爵家の娘として、迎えてやろう」

「へっ?」


 いや、何で唐突にそういうことになるのかしら? というかおじさん、結局誰なのよ?




 そうして。

 私を迎えに来たというおじさんは、伯父さんだった。お父さんのお兄さんで、本当に貴族の当主。奥さんは既に亡くなってて、子供もいないのでつまり跡継ぎがいないわけだ。

 それで、自分の弟……つまり私のお父さんを探した結果見つかったのが、その娘である私。見た目でお父さんや伯父さんと血の繋がりのあることははっきりしたから引き取って、養女にしてくれるということになった。

 つまり私、貴族の娘になったわけだ。マジか、やったぜ。


「基本的な教養とマナーは身につけておけ。その方が、貴族の息子たちから不満を持たれることはない」

「は、はい」


 まあ、手放しで金持ちになれるわけじゃないんだよね。貴族って堅苦しい生活らしいよって噂は聞いていたから、そこは覚悟しなくちゃいけない。ま、ごちそうを変な食べ方して下品って言われたら、私が恥ずかしいもんね。伯父さん……もうお父さんか、あの人も。

 マナーの勉強とか、ちゃんとした読み書きを覚えるのとかは大変だ。読み書きくらいはできるんだけどさ、貴族が使う言葉を覚えてるわけじゃないから。


「しっかり学んでくだされば、良い殿方と巡り会い結ばれることができますよ」


 家庭教師として呼ばれたジェイミア先生は、そんなことを私に教えてくれた。この場合の良い殿方ってつまり、男爵より上の位にいる貴族の人たちのことだよね。もしかしたら、王子様だっているかも知れない。

 そうか、平民より貴族のほうがもっと上の人たちとくっつけるチャンスが大きいよね。それにこの国では、貴族の子供は十五歳になったら王立学園に入って勉強することになるんだもん、それって彼氏見つける大チャンスじゃないか!


「クラテリア様のお歳であれば、ティオロード第一王子殿下が一つ上の学年におられますね」

「王子様? いるんですか!」

「おられるのですか、ですよ。クラテリア様」


 うー、言葉遣いはどうしても治らないなあ。でも、今のお父さんが家庭教師なんてつけてくれたんだから、頑張らないと。いい男を捕まえるために、ちゃんと勉強しなくちゃね。

 というか、一つ上に王子様がいるんだ。しかも、第一王子。ってことはもしかしたら私、王妃様になれるかもしれないってこと?


「はい。他にも外務大臣や宰相閣下のご子息など、良いお家の方がおられますよ」

「王子様……」


 大臣も宰相も、この国の偉いさんだってのはわかる。貴族でも上の方の人たちがなってるお仕事だってことくらいは、一応ね。

 だけど、せっかく王子様がいるのならこれは頑張ってみないと。


「ああ、でも確かティオロード殿下は、公爵家のアルセイラ様とご婚約しておられるはずですね」

「えー?」

「王家にしろ位の高い貴族にしろ、お家やお国のために重要な結びつきですから。幼い頃にご婚約が成立していることが多いですね」


 なあんだ、先約ありかあ。

 そう思って落ち込みかけた私に、ジェイミア先生は一つの言葉をくれた。


「まあ、たまには大恋愛が成就されることもありますが。きちんとした理由があれば、可能ですよ」

「ホントですか!」


 その言葉を聞いて私は、なんとかなるんじゃないかって思ったのよ。

 第一候補を王子様に、大臣や宰相の息子をその他の候補にして、玉の輿に乗ることに。

 だって私、平民だったはずなのに男爵家の一人娘になったんだもん。その上に行くことだって、できるはずなんだから。

 ぼんやりとしか覚えていないあの夢、きっと神様が私に見せてくれた正夢だったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る