04.ペットを見る目ではないのか
実弟ステファンがティオロードと共に男爵令嬢をちやほやしていると聞いて、セヴリールは抱え込みたくなる頭を必死に下げた。無論、ローザティアに対してである。
「……我がガルガンダ家より愚か者を出してしまったことを、深く謝罪いたします。殿下」
「構わん。何しろ王家からも出ておるのだ、我らより数の多い貴族に出ないわけがなかろう」
当のローザティアの方は、セヴリールより先に頭を抱えていた。伏せたままボソリと答えた言葉に、恐る恐るセヴリールが顔を上げると王女の呆れ顔がはっきりと見えた。
「事態の真偽について調査はするが、先に保護者には伝えておかんとな……」
「父と兄には、内密に伝えておきます。対処はこちらで?」
「基本的にはな。事によっては、各々の本家に頼むことになるかもしれん」
「それは……」
アルセイラの証言により、その二人以外にもクラテリアをもてはやす男子生徒が存在することが判明している。彼らは全て、国にとっての重要人物を父に持つ者であり……故に、国の一部を既に背負っているローザティアとしては自身の弟も含め、不安材料にほかならない。
「第一王子、宰相の息子、国境警備隊司令官の息子、外務大臣の息子。これらをたぶらかしておる以上、ツィバネット男爵家が何らかの陰謀を巡らせている可能性がないとは言えんからな」
「……最悪、国をひっくり返せる可能性がありますからね」
話を聞いているセヴリールも、その話に上がった者たちを頭に思い浮かべた。子供だけでは無理かもしれないが、その親には地位と配下が存在する。それを利用できれば、あるいは。
「もっとも、クラテリアとやらにそこまでの頭があるかというと、どうも疑問なのだがな。アルセイラから聞いた限りでは」
「そうなのですか?」
「ああ」
セヴリールに問われ、ローザティアはアルセイラから聞いた話をそのまま伝えることとした。
「ティオロード様始め、皆様がクラテリア様に惹かれるにはそう時間はかかりませんでした。わたくしどもよりも闊達で、身分の上下を気にすることなく話しかける彼女に皆様は、これまでにない魅力を感じたのかもしれません」
「……どちらかと言えば、ペットを見る目ではないのか? もしくは、他国から来た珍しい動物とか」
「最初はそうでしたわね」
アルセイラのクラテリアに対する言葉に、ローザティアは正直な感想を漏らした。
彼女とて平民を知らないわけではないが、そこまで物怖じしない者はほとんど見たことがないのだ。それ故に王女は、クラテリアを相手を気にすることのない愛玩動物のように感じたのだろう。
それで済めばよかったのだ。ティオロードも、他の者たちも。
「そのうち、ティオロード様も皆様も、わたくしやそれぞれの婚約者の方々とのお付き合いが悪くなり始めました。ご注進申し上げたのですが、皆様声を揃えて『クラテリアの愛らしさを妬んでいるのだろう』、と」
「は」
困り果てた顔でアルセイラが呟いた言葉に、ローザティアは息を吐くしかなかった。
「つまり、そのクラテリア嬢は『異性には好かれるけれど同性には嫌われる』というタイプ、なのですか」
「そういうことだ」
うんざりした顔のローザティアに見つめられ、ふむと考え込むセヴリール。その口から流れ出たのは、あくまでもローザティアの腹心としての意見だった。
「それは困ったものですね。その……ツィバネットの陰謀以前に」
「貴族や王族同士の付き合いに、同性同士の交流は必要不可欠だ。わざわざ引き取った跡継ぎがそれでは、ツィバネットの未来は知れたものだな」
「一人娘ということになりますから、婿を取らないといけませんしね」
「男爵家に婿入り、となると件の連中では家柄が合わんな。まあ、問題はそこではないが」
意図的に、話の方向性を微妙にずらしている二人。だが、現実逃避をしている場合でないことは彼らにはよく分かっている。だから、ローザティアは既に起こした事実をセヴリールに伝えた。
「アルセイラには、連中の婚約者たちとその親宛の手紙を渡した。親に密かに伝え、仲間を増やし、愚か者どもの監視を怠らぬようにとな」
「今できるのはそのくらいですかね。もちろん、親御さんたちにはこちらの指示を待て、と」
「ああ。一部でも暴走されては困る……もし、ツィバネットが愚かなことを考えているのであれば、それを逃すことになるからな」
「でしょうね」
クラテリアを警戒している以上、彼女の周囲にこちらの動きを察知されては困る。そのためローザティアは、今のところはアルセイラを通じて手紙を渡すにとどめた。
もちろん、しっかりした物証などが掴めた時点で実力行使に移るつもりなのはセヴリールには理解できているし実際に様々な手配を行うのは自分であることも分かっている。
そうして。
「セヴリール」
「はい?」
「休憩だ」
弟の愚行に疲れ切った王女を、癒やすべきであることも。
「承知いたしました。ローザティア」
だからセヴリールは、自分の腰にぎゅうと子供のようにしがみついたローザティアの頭をゆっくりと撫でた。
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