第7話

「みーぎーわー!ひーがーしー!」


「「そーれっ!ファイオ!ファイオ!ファイオ!」」


 黄乃瀬きのせの一声と共に、女子特有というか、特徴というような、協調性のとれた掛け声が体育館に響き渡った。


 時刻は8時半。平日は6時頃に起きる反動なのか、土曜日はいつも10時過ぎまで寝ている。休日モードの僕にとっては、あまりにも早すぎる活動時間だ。

 

 

 僕は大きくあくびをした。目には大粒の涙がこぼれ出た。

 


「寝不足なのかしら?どうやら昨日送ったファイルを熟視してきてくれたのね」 


 隣にはもちろん真実まみさんがいる。というか、休日なのになぜ制服を着ているんだ、彼女は。


 まぁ僕も結局制服なんだけども…

 決して、私服選びに迷って、チキンになったわけではない。

 部活観戦もあくまで校外活動だ。それらを踏まえたうえでも、私服より制服のほうが合っていると判断したのだ。

 もう一度言おう、決してチキったわけではない。



 ファイルとは、彼女が昨日メールで送信してきた物のこと。

 といってもURLをそのまま添付しただけの、一見詐欺サイトへ繋げるとてつもなく怪しいメールのようなものだった。

 どんな内容なのかも全く知らない。


 彼女はLINEをたしなまない。

 そもそも、スマホを持っていない。

 未だにガラケーを使っているのだ。(JK的には如何いかがなのだろうか)



 彼女曰く、『時代に流されるなんてごめんだわ。私は、私の生活にとって私益で、利便性のあるものしか利用しないわ』との事。


 スマホを使わない事が利便性とどう関連するのかはさておこう。


 結局、僕はURL単体で送られてきたそのメールが怖すぎて、開くことが出来なかった。


 いや、しようと思わなかった。

 理由?そんなこと簡単だ。面倒極まりないからだ。

そんなこと真実さんには口が裂けても言えない。



「流石に説明何もなしのURLは怖かすぎて見れないよ。というか、あれいったい何なの?」


 苦し紛れの口実だが、少しばかりの本心を入れることで、ごまかすことができる。

 嘘をつくことが上手な人間は、会話の中で8割が嘘、2割に真実を入れるのだ。そうすることで話がより現実味を帯び、また自身も本当にそのことがあったかのように錯覚するのだ。

 要は自身を自己暗示する感覚だ。


「昨日見た監視カメラの記録よ。清掃のおじさんにあの後頼んで、その日のファイルをUSBに入れてもらったのよ」


 最初からその一言を付け加えてくれればいいものを…

 なぜ件名すらも空白のほぼ空メールで送ってきたんだ。



「そんなのするわけないじゃない。『清楚系ヤンデレ属性』のこの私が、なぜ『ドM隠れむっつり』のあなたに説明書きを加えなくちゃいけないのよ」


「酷い言われようだな。僕はむっつりかもしれないが、少なくともドMではない。てか真実さんのヤンデレ関係ないだろ」


「べ、別に、あんたの事なんて、、、心配なんかしてないんだからね!///」


「それは『ツンデレ』!!」


「あれあれ、いつの間にやら雨が…。傘をしまわないと」


「それは『んでる』!!」



 おうおうおうおう‥‥


 どうしたんだ、今日の彼女は

 体調を崩し、熱でも出したのだろうか。それとも脳がパンクしたのだろうか。

言葉遊びを兼ねたツッコミを三連続でいれた。


 ツッコミがこれほどまでに快感だったとは知らなかった。

 相手の求める模範回答が、自分と一致した時の共鳴というのだろうか、これ程に気持ちの良いものを僕は知らなかった。

もしかしたら、真実さんとコンビを組んで、今からM1を狙えるかもしれない。


「M1のMはドMのMということかしら。ところでドMのMの意味を知っているの?」


「どうして僕が思っていることが分かったんだ!?」


「…いや、普通に口に出して喋ってたわよ」


 しまった…僕の悪い癖だ。

 なんだか、話がどんどんややこしい方に向かっている気がする。


「マゾのM?」


「ほんと…君の頭の中はAVしかないのね…」


 真美さんは呆れた、いや呆れ返ってしまった表情で、僕を見た。

 もちろん、蔑みも忘れてはいない。



「しっ、仕方ないだろ!それぐらいしか思いつかないんだから!あとそんなにAVは見ていない!」


「じゃあ時々は見ているってことね‥‥」


 言い返す言葉もありません

 こんなにも鮮やかな論破をされたのは、初めてかもしれない。


「ちなみに、マゾで正解よ。正確にはmasochist。被虐性愛者という意味ね」


「……」

 

 ドMのMが当たったのは、単に僕がAV好きというわけではない。

 

 自分でいうのもなんだが、僕は、博識であって、意欲が高いのだ。

 基本的な雑学を知るうえで、性的なことを知る機会もある。

 その一環で、たまたま、偶然、知ったのだ。


 決して僕が、ろうそくやら、木馬やら、はたまた鞭なんかを用いたAVを見ていた過程で、知ったのではない。

 これは、単に僕が学びたいという、そんな学習意欲から‥‥


「言い訳を頭の中で言い並べるくらいなら、何か飲み物を買ってきてちょうだい」


 まるで、僕の思慮を読み解いていたかのように、彼女は僕に手を差し出した。

 手のひらに500円玉がある。


「あ、、う、うん。」


 僕は差し出された500円玉を受け取る。


「ついでに好きな飲み物買ってきていいわよ。昨日のピザのお返しということで」


「あ、ありがとう。真実さんのは何買ってこればいい?」


「そうね、超神水かしら。」


 渾身のボケだ!


 ここで僕の名誉を挽回するチャンス、好機が訪れる!

 僕がただのむっつりではなく、しっかりと笑いの取れるむっつりであることを証明しなければ!

 

 そして、あの快感をもう一度…!


「ねずみ講とかでよく見るあの怪しい水か!!」


 決まった!

 もうこれ以上の正解はないだろう。

 しかし、彼女の表情は一変して変わらなかった。


「そのツッコミは違うわ。シンプルに『ねずみ講か!』でいいのよ」


 普通にダメ出しされた。

 というか、何にダメ出しをしてんだ。

 

 

 挽回のチャンスを逃した僕は、こそこそと席を外し、真実さんのもとを離れた。






〜30分後〜


「ったく、遅いわね…」


 沢城真美は、体育館に設置されている時計を見た。

 時刻は9時すぎ。


注釈)

 ここからは、私、沢城真美の心中実況でお送りさせていただきます。

 私の心中はおそらく、多分だけれども、彼よりも上品かつ気品高くなってしまい、読者様を惑わせてしまうのかもしれませんが、ご了承のほど、よろしくお願いします。



 渚東高は、すでにアップを終え、試合前のチームミーティングを始めている。

 見る限りだと、チームキャプテンの黄乃瀬ゆりが仕切り、監督である乙木利は特に声をかける様子もない。

 

 チームの雰囲気としては、一見まとまっているように見えるが、監督が何も声をかけないチームがあるのだろうか…


 話は変わるが、500円玉を渡して以降、彼は姿を消した。

 

 もしかしたら、この小さな地方の体育館で、反社会性力の圧力を受け、今頃ひどい拷問でも受けてるのかしら。

 でもまあ、そういったプレイも、彼の範疇はんちゅうなのね、、、


 哀れみ、いや憐れみといった方が正しいかもしれない。


 特にすることも、考えることもないので、渚東のベンチを眺めていると、センターコートに設置されているブザーが鳴った。ついで、審判が笛を鳴らす。


 試合が始まる。

 ユニフォームを着て、センターコートに立ったのはたったの5人。

 

 バスケって5人しか出れなかったのね。

 

 学年一の秀才にも知らないことだってある。

 自分で言うのもなんだけれども、私は私の興味のあるものにしか追求しない主義なの。

 それでも、どうでも良いことに感嘆して、私の人生も捨てたものじゃないわね…


 その5人の中には、もちろん「黄乃瀬ゆり」がいる。

 鬼灯花芽はベンチスタートだ。

  

 黄乃瀬の背番号は4。バスケでは、チームキャプテンが背番号4らしい。

 1、2、3がない理由が気になって、wikiで調べたところ、かなり面倒だったので省略。

(簡単に言えば、1〜3番がコートにいると、ルールとの関係でややこしくなるみたい)


「「よろしくお願いします!」」


 両チームキャプテンが握手を交わし、いよいよ試合が始まる。

 相手チームのことは知らないのだけれど、身長差や、ベンチ層を見る限り、強豪ではなさそうね。むしろ弱小の部類に入るぐらいかもしれない。


 案の定、試合は順調に渚東がリードしていく展開になった。


 1Q(クオーター)が終わって点は15対6の9点リード

 そのほとんどを黄乃瀬1人で得点していた。


 黄乃瀬がすごい選手だと言うことは話では聞いていたが、実際見て、その凄さを実感した。

 “無双”という言葉が一番あっている。

 誰も手をつけることができない。

 味方でさえも、彼女を止めることができていない。


 バスケは4Qまである。

 1Qは10分。それを4セットも行うのだから、バスケ部の身体能力が高いのも納得がいく。


 彼女たち、体力テスト毎回上位を占めるのよね。

 特にシャトルランなんて、並の男子以上走ってしまうのだから。

 バスケの試合を見て、それら記録にも納得した。

 

 特に、黄乃瀬は頭ひとつ飛び出ていた。


 スタミナが尋常じゃないのに加え、瞬発力、反射神経、そして冷静な判断能力。

 黄乃瀬もまた、賢いのだけれど(私ほどではないが)、それもまた彼女のプレースタイルを見て合致した。



 タイムアウトは2分。ベンチでは、渚東の監督である乙木利おとぎりは、特にアドバイスをする様子がない。

 黄乃瀬が、何やら言っているが観客席までは聞こえない。

 チームも監督を気にかける様子がなく、黄乃瀬の指示を仰いでいる。


 何か異様。


 何か不自然。


 もちろん、監督が制服を盗んだ容疑者として疑われているのは確かな事実なのだけれど、それでも何か監督を排除しようとする集団心理的ものが、あのベンチから感じ取れた。


…意図的な、排除


 考えすぎかもしれない。でも、何かそういったものを彷彿ほうふつとさせるような、そういった雰囲気が感じ取れた。


「真美さん」


「……!!」

 

 心臓がドキッとした。

 目がついつい見開いてしまう。


「びっくりさせないでよね。というか遅い。遅すぎるわ。もしかして本当に超神水を買いに変な宗教団体にでも行ってたのかしら?」


「……」


 彼は、深妙な顔つきで私を見てきた。

 

「何?どうかしたの?」

 

 おもむろに彼の表情かおを見た。

 彼は息を呑んで、こう言い放った。



真実しんじつが分かったよ」









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ラブコメ展開に持ち込めないのは僕の実力不足なのだろうか 雨雲 @yamayama91

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