第5話

「ねぇ真実まみさん」


「何かしら?」


「お腹空かない?」


「それは…そうね…」


「じゃ帰って温かい晩御飯を…」


「それはダメよ。まだ何も得られてないじゃない」


 文脈では理解に苦しいと思うので、説明しよう。


 僕たちは今、校門にいる。


 といってもほとんどの生徒は帰宅してしまっている。ので、あてのなく、途方に暮れながら万人を待ち続けているのだ。


 1話分飛ばしているので、事の発端ほったんまで遡ろう。











 「これで決まりね」


 真実さんはドヤ顔&キメ顔で、あたかも自分の手柄のように言い放った。


 監視カメラの画面越しに乙木莉おとぎり先生が映っている。


 乙木莉先生は2年前に赴任してきた。

 24歳と若く、新任の時からここ渚東高校で勤務している。


 担当教科は地理と化学。どちらもあまり共通点がないように感じられるが、乙木莉先生は器用だった。

 実際、僕も化学の授業担当が乙木莉先生だが、非常にわかりやすく丁寧な指導で、生徒からも多大な人気を博している。


 また端正な顔立ちも、要因の1つだろう。


 短い黒髪に、高い鼻。ぱっちりと開いた二重まぶたも魅力的だが、それに丸眼鏡をかけることで俗にいうギャップ萌えという効果が発動している。

 いかにも賢そうで育ちの良い雰囲気だ。

 

 今年から、女子バスケ部の顧問も務め、順調に教育者としての威厳を保ちはじめている。


 そんな彼が、女子部専用棟の監視カメラに映り込んでいる。これは由々しき事態だ。



「これを警察に告発すればこれで事件は解決じゃない。学校側はこれを隠したってことかしら?」


 そう考えるのが妥当だ。てか、こんな映像があるならば、とうの昔に乙木莉が犯人でこの事件は解決しているはず…


 あるいは、この映像は真相とは無関係か?



 僕の推理を置き去りに、映像は次の描写を淡々と映す。

 しかし、僕はその一瞬の出来事を見逃さなかった。


「…っあ!真実さん!これ見て」


「急にどうしたのよ。彼をかばうような行為は、君も同罪にしかねないわよ」

 

 なんだそれ。

 ええい、そんなことに気を取られている場合じゃない。



 軽くジャブを入れる真実さんをかわし、僕は真実さんと共に映像を見た。


「ほら、ここ、乙木莉先生が向かったのは女バスの部室とは真逆の左側じゃない?」


 監視カメラの見える範囲では、確かに彼は左側に歩いていった様子がうかがえた。

 と言っても曲がる瞬間で、画面から彼は外れてしまっており“左に曲がった”と確信めいては言えなかった。


「確かに見えなくもないわね…」


「ていうか、そもそもこんな映像あるんなら乙木莉先生は捕まっているはずだろ?」


「そんなことはバカでもわかるわ」


「…そうだけどさ」


「でもこれを見てちょうだい。3分後に映る乙木莉は手にな何かしらバケットみたいなものを持っているわ。ほら、中には衣服が見えるわ」


 多少、口調は荒かったが、確かにそうだった。両手にバケットを抱えている。画質が荒く、細部まではわからないが、どうやら中身は衣服みたいだ。


「この中に制服が入っている可能性も拭えないわ」


「じゃあどうするんだよ。これを証拠に女バスと学校に取り上げるの?」


「それはダメね。確信のない情報は無闇に流すと、かえって逆効果になりかねないわ。それよりも、周辺の情報が足りないわね」


「周辺の情報って?」


「女バスと乙木莉の関係や、女バスの雰囲気よ。こんな事件が起こるなんて、何か裏があるとしか思えないわ」


「確かに…」


「じゃあ、行くわよ」


 彼女は身支度を済ませはじめた。

 あぁ、この展開、つい2時間前ぐらいに起きた気が…


 走馬灯のように、僕の記憶は良くないものを蘇らせた。

 

 浴びせされる悲鳴…

 顔面直撃のペットボトル…



 そんなことを見ず知らず、真実さんは清掃員のおじさんに軽く会釈をすると、強引に僕の腕を掴み、事務室を後にした。




ー回想終了ー


 とまぁ一連の流れを説明したのだが、時刻は既に5時54分。かなり粘ってはみたが、明日はどの部活も試合を控えているので、ほとんどの生徒がいなかった。


「やっぱり皆帰ったんだよ。ほら、僕たちも帰ろう。お腹と頭がクタクタだ」


「…」


 真実さんは唇を噛み、少し頬は赤くなっている。

 手がかりが得られず、かなり悔しそうな表情だ。

 駄々をこねる子供と同じ行為だが、大人っぽい彼女がやると、愛嬌があって可愛らしい。


「もう、残ってても仕方がな…」




「「あ…!」」


 再び、同調


 僕が背を向け、校門を後にしようと思ったその瞬間、1人の少女が僕の視界に入り込んだ。

 


 鬼灯花芽ほおずきはなめは、どこか不安げな表情で、下を向きながらこちら(気づいていないが)に歩み寄ってきた。








 

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