第3話 Idol Meister "Chandelier Cinderella Girls"
「
銀行を後にした干川は、近くのライブ会場に向かっていた。
消費者金融の事務所がかつてあった、廃墟同然とも言えるそのビルの地下に、『テラリウム東京』という名のライブハウスは人知れず存在していのたのだった。
「遅えぞ干川、どこ行ってやがった?」
ビルの前に置かれたスタンド灰皿に、ライブハウスの関係者数名と、干川の見知った顔が
「すいません、松土さん。ちょっと散歩してました」
「ホントにブラついてきただけか?お前クセえんだよ」
「タバコの臭いですか?そりゃ入り口の前でバカスカ吸ってれば鼻の孔も臭くなりますよ」
「とぼけんな。お前から火薬の臭いがするんだよ」
「……随分鼻の利く社長ですね」
「修羅場くぐってたら嫌でも利くようになんだよ」
松土、社長、と呼ばれた、黒いスーツに赤いネクタイ、ティアドロップ型のサングラスが特徴的な男はタバコの火を消し、干川に近づいて臭いを嗅ぐ。
「それってセクハラじゃないですか?」
「ファクトチェックだよ」
松土はさらに干川の髪の臭いを嗅ぐ。
「……まさかだとは思うが、てめえ、俺に黙って怪人狩りでもしてきたのか?」
「してきたら何か問題でもあるんですか――」
突然、松土が干川の腹部に鋭い殴打を加えた。
「がっ――!」
思いがけない痛みに干川はその場に崩れこむ。
「ずっと前から言ってるよな?俺の許可なく、そんな勝手な真似すんなって」
「……勝手な真似?松土さんに報告したからってゴーサインが出ることなんかほとんど無いじゃないですか。わたしはライブに支障が出ると思ったから動いたまで――」
松土は倒れこんだ干川へさらに足蹴りを加える。
「ぐぅ――!」
「日本語通じてるか?お前?俺に報告しろって言ってんだよ」
松土は再び足蹴りをする。
「お前が代わりにゴタゴタを済ませるのか?おいおいおい。魔法少女協会への報告、警察や対黒課への書類提出、始末書、今でも手一杯なのにまだまだやること増やすつもりか?ふざけるのもいい加減に――」
「あ、あのー。立て込んでる最中申し訳ないんですけど……」
ふいに女性の声が聞こえる。
そこに立っていたのは、菊池と舞薗だった。
「誰だ、お前ら……?」
「あんた達……、どうしてここに?」
「いやいや!まさか東京テレビジョンの方々だとは!ウチの干川が見苦しいところをお見せしました!」
「どう見たって松土さんの方が見苦しいでしょ」
「ははは、ご覧の通り、虚言癖の強い奴でしてね。はははは……」
松土は先程までの様子とは打って変わって、媚びへつらうような態度を見せる。
「ああそうだ。わたくし、こういうものでして……。マッドプロダクションの代表を務めてる
「え、ええ、こちらこそ」
菊池はその変貌に若干引き気味だった。
「私は東京テレビジョンでアナウンサーをしている
「俺は東京テレビジョン所属のカメラマン、
3人は、一通り名刺交換を済ませる。
「それで、今日はどういったご用件で?取材ならここ以外のもっとゆったりとした場所でお話ししませんか?いいカフェを知ってるんですよ」
「あ、ええと、取材というか、何というか、その」
菊池は、たじろぎながら干川に視線を向ける。
「我々、干川さん今日一日撮影するようにだけ言われてまして」
「……は?俺じゃなくて?こいつ?」
「はい。干川さんです」
それを聞いた松土は、眩暈を起こしたかのようにふらつく。
「お前ら頭おかしいんじゃねえの……?」
4人はヤニ臭いエントランスのすぐ横にある防音ドア、その向こうにある地下への階段を降りていた。
降りる度に、階下から聞こえてくる重低音が、時折骨を伝って心臓に響いてくる。
「撮影許可はお前たちで取れよな。責任者はPA席にいるから」
「PA?」
菊池は聞き覚えのない単語に首を傾げる。
「音響のことだよ。取材するんなら前もって頭に入れとけよ」
自分を取材するのではないと知った松土は、先程の粗暴な態度に戻っていた。
「なんか、俺こういうとこ来たの初めてだな」
「ああ、舞薗さんってそういうイメージありますね。言われてみれば」
ふと階段の壁を見た舞薗が呟く。
カラースプレーによる大きなグラフィティー、サインの入ったバンドやアイドルのポスターなど、こういった場所でなければ縁のないものばかりだったため、舞薗は思わずカメラを向ける。
「というか、よくわたしを見つけて追いかけれたもんだね。あんた達は」
干川は振り向くことなく後ろの菊池たちに話しかける。
「ライブがどうこう言ってたから、付近のライブハウスを探して、一番近いここに来たんです」
「そういえばそんなことも言ってたっけ、確か」
干川は再び口を開く。
「ねえ、一体どういう風の吹き回しで、わたしを取材するなんてことになったの?」
「ああ、それはですね、さっき銀行で撮影した映像を上司に送ったら、ゲストで出演してたモデルの川澄さんが企画のために干川さんに密着取材しろって無茶言ってきたんですよ。車も大破しちゃったのに」
「――ちょっと待って、川澄って、川澄透也のこと?」
川澄の名前を聞いた干川はその場で立ち止まり、菊池へ振り向く。
「ええ。ひょっとして干川さんって、あの人のファンで――」
菊池は、思わず言葉に詰まってしまった。
干川の表情は青ざめており、酷く気が動転している様子だったのだ。
菊池は、干川という人間を何事に対しても恐怖と無縁の、勇猛心の強い女性だと思っていたため、このような怯えた様子は想定の範囲外だった。
「干川さん・・・・・・?」
「おい、何してんだ干川!出番が近いんだからボサっとすんなよ!」
「は、はい」
3人を置き去りにしたまま歩いていた松土が怒声を浴びせる。その言葉で我に返った干川は、何かを菊池に言いたげなまま、松土の後を追った。
「な、急にどうしちゃったんですか、干川さんは」
「あの人の地雷でも踏み抜いちゃったんじゃないの?」
会場の扉を開けると、今まで漏れだしていた大音量の音楽が一気に体を震わせた。
「――。――!」
舞薗が何かを言っているが、巨大なスピーカーから発せられる低音に打ち消されてしまい、何も聞き取ることが出来ない。
その小さな劇場のような会場では、サイリウムやタオルを手にコールをする十数人の観客がステージの照明に照らされているのが分かる。
観客達の揺れ動く波間を縫って、ステージ上で数人の女性がパフォーマンスをしているのが見えた。干川のような衣装に似ているが、セーラー服をモチーフにしているのか、全体的に白が使われており、胸元に付けられた大きなリボンが一際目を引いた。
「シャンデリア・シンデレラでした!ありがとうございました!」
音楽が止まると同時にステージ上の彼女たちは一礼する。
「私達の物販はすぐ横でやってるので、もし良かったら覗いてみてくださいね!あ、新曲のCDもありますので、チェックの方お願いします!では引き続き楽しんでくださいね!ありがとうございました!」
拍手が響き渡る中、彼女たちはそそくさと上手側へとハケていった。
「これってアイドルか何かのイベントなの?」
静かになったタイミングを見計らって舞薗が問いかけるが、菊池の姿はどこにも見当たらない。
「あれ?キクちゃん?」
「どうしたんですか?舞薗さん」
ふと後方から声がしたので、舞薗は驚きながら後ろへ振り返る。
「撮影許可取れましたよ、舞薗さん」
「お、おお。悪いね。てか早くない?」
「二つ返事でオーケー貰いましたから。ただし他の子は撮らないで、との事でした」
「ほい、了解」
2人は会場後方で、干川の出番を待つ。
「お疲れ様でしたー!」
「ありがとうございます!」
「今日の衣装メッチャ可愛くないですか?」
「だよねー!私のお友達に頼んで縫ってもらったの!」
「えー!めっちゃ羨ましいんだけど!」
「ていうか皆で写真撮ろうよ!」
「いいじゃーん!」
楽屋では、出番を終えたシャンデリア・シンデレラのメンバーとその次の出番であるユニットのメンバー達が和気藹々としていた。
「馬鹿みたい・・・・・・」
一方で、干川は一人淡々とメイクを直していた。
「何だかさっきから元気ねえなぁ」
松土の呼びかけに、干川は黙り続けた。
「川澄透也のことか?」
「・・・・・・ちょっと黙っててくださいよ」
「ふん、これだから女って奴は」
松土は楽屋を後にする。
「・・・・・・川澄、今更どうしてわたしなんかに」
鏡に映るその顔は、酷く憎悪で満ち溢れていた。
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