第2話 畏怖、あるいは狂乱
「あんの小娘……しくじりやがった!」
一部始終を見ていた牧村は憤怒のあまりパトカーを蹴る。それを見た黒木が笑いながら近付く。
「おやおやどうしたんですか? 牧村さぁん? 公務執行妨害で逮捕しちゃいますよぉ」
「黙れ! たかだか警察の分際で私にケチをつけるな! おい壬酉! お前が行ってこい!」
「そんなこと言われましても、私が介入したら契約違反で首が飛びますよ。」
「あのガキがしくじってもまだ契約契約とほざくか! 早くあのゴミどもを始末してこい!」
「そこの嬢ちゃんの言う通りだぜ、牧村。とっとと俺たちに任せて帰りなよ」
「黙れ黙れ黙れ! クソ!」
「何だか、あの人荒れてますね」
菊池が牧村を指さす。
「偉い人みたいだよ。詳しくは知らないけど」
「へえ」
「ねえ、何の騒ぎ?」
ふと、二人の背後から女性の声が聞こえる。
「あなたは?」
長い黒髪を揺らすその女性は、黒を基調としたゴスロリのような服装をしていた。化粧で詳しくは判断できないが、年齢は30代前後といったところだろうか。とてもじゃないが、服装と年齢が釣り合っているようには見えなかった。そのせいか、いや、彼女が元から醸し出す雰囲気もあるだろうが、冷たい氷のような、温かみなど一切感じさせない、冷徹な印象を受ける。
「私が誰かは関係ないでしょ?」
彼女はタバコを咥え、火をつける。
「え、ええ、そうですね」
菊池は底知れぬ圧力で口を閉ざす。
「で。何の騒ぎなの?」
「あ、そうですね。あの銀行に2人組が立て籠ってるんです。さっきクッキングアイドル兼魔法少女の美鈴ちゃんが入っていったんですけど、なんの音沙汰もなくて。あ、美鈴ちゃんって知ってます?日曜夕方に――」
「ふーん」
女性は呆れた素振りを見せ、銀行へ歩き出す。
「ちょ、ちょっと? 何する気なんですか!?」
「ライブの邪魔なんだよねぇ、そういうの」
「失礼しまーす」
女性は立ち入り禁止と書かれたテープをかいくぐり、言い争っている黒木たちの横を通り過ぎる。
「な、なんだ貴様は! 一般人は立ち入り禁止だぞ! 日本語が読めないのか!?」
激昂する牧村に対し、女性は胸のブローチを見せつける。
「文句ないですよね?」
「な、お前、魔法少女なのか!?どう見ても少女とかいう年齢じゃないだろうが!コスプレなら余所で――」
突然、女性が牧村の顔面を掴み、パトカーのボンネットに後頭部を思い切り打ち付ける。牧村はその一撃で気を失い、その場に崩れてしまった。
「おい、お前!」
「行かせてやってくださいよ」
「な……おまえ!」
取り押さえようとする黒木を壬酉が制止する。
「怪人相手じゃ並みの人間は太刀打ちできませんから。それに」
壬酉は気味の悪い薄ら笑いを見せる。
「面白そうじゃないですか、そっちのほうが」
「そんなふざけた理由で……おい!待て!おい!」
「津島さん、あれ」
「あん?」
津島は福原が指差す方向を確認する。
あろうことか、ゴスロリの女性がこちらに近づいてきているのだ。
「なんだあれ……?コスプレしたババアか?」
「でも胸のところ見てくださいよ、あれ、魔法少女のブローチですよ」
「おお、ホントだ」
美鈴に馬乗りになっていた津島はズボンをあげ、立ち上がる。
「今日は相手に困らねえぞ、福原」
「俺、年増は勘弁してもらいたいっすよ」
津島が歩き出すと、黒い触手のようなものが津島の体に巻きついていき、瞬時に怪人の姿に変身する。
「おい、お前!この状況分かって――」
それは、瞬間の出来事だった。
女性が足元へ手を伸ばした先は、スカートで隠れたガンホルダーだった。
拳銃を抜き、津島へ銃口を向け、引き金を引いた。
時間にして、1秒と満たないだろう。
「津島さぁん!!」
福原が叫ぶ頃には、脳天を撃ち抜かれた津島の体が床に倒れ込んでいた。
間髪入れず、女性は福原に銃弾を撃ち込む。
「痛え!!クソ!!」
女性は福原に近づいて行く。
「やめろ!!来るなぁ!!」
福原は女性に火炎を浴びせようと手をかざす。
しかし、銃弾の方が早かった。
呆気なく眉間を撃ち抜かれた福原は、ピクリとも動かなくなってしまった。
女性は福原を足で小突き、死んでるかを確認すると、震える美鈴の方を一瞥する。
「あ……あ……」
「クッサ、小便まで垂らしてやがんの」
女性は顔色変えず、銀行を後にする。
「はい、これで解決」
その女性が銀行に押し入ってからほんの1分後、銀行を出た女性は、呆然とする黒木に声をかける。
「・・・・・・行けぇ!!突入しろ!!」
黒木は警官たちに合図し、銀行の中へ押し入る。
「ふふ、案外やるもんですね」
声をかけたのは、壬酉だった。
「聞いた事ありますよ、あなたのこと。誰にも愛されず、魔法もロクに使えない魔法少女がいるって」
女性は立ち止まり、壬酉を睨む。
「
「……あたしってそんなに有名なの?」
「そ、有名ですよ。あまりいい意味じゃないですけど、有名人ですよ。誇ってくださいよ」
「なにそれ、嫌味?」
「まさか。私はすげえや、て思ってますよ。世の中には魔法が使えても下っ端にすら勝てない魔法少女もいますから」
「なるほどね」
2人は、警官に連れられて銀行から出てくる美鈴に視線を向ける。
「で、あんたは何者?」
「あ、そうでしたね。まだ自己紹介がまだでした」
そういうと、壬酉は名刺を取り出して干川に差し出した。
「私は
「ふーん」
そういうと、干川はどこかへ歩き去っていく。
「どうして貴女は誰かに愛されようとしないんですか?」
その質問に、干川は答えようとしなかった。
「……ほんと、面白い人」
壬酉は、薄ら笑みをこぼす。
「何だかあの人、見たことあります」
「どうしたのキクちゃん。誰の事?」
「アレですよ、黒いスーツの人担いでリムジンに乗っていった女の人ですよ」
「ああ、アレね」
「私、一度だけ彼女のこと取材したことあるんですよ」
菊池はそういうと、アニメのキャラクターを模したカバーが取り付けられたスマートフォンを取り出した。
「またカバー変えた?」
「はい。これ可愛くないですか?」
「う、うん」
菊池は壬酉の名前を打ち込み、検索にかける。
「壬酉翠夏、めちゃくちゃ有名な小説家ですよ。16歳の頃に書き上げたデビュー作の『辺獄の将軍』で様々な賞を総ナメにして以来、齢21にしてベテラン達にも引けを取らず一線で活躍し続ける人気小説家なんです。最近はアニメ『ペディ・キュア』のノベライズも担当したりと、ジャンルにとらわれない、マルチな執筆をする天才作家さんなんですよ」
「ふーん」
「ちょっと、話聞いてました?」
「聞いてる聞いてる。てかさ、そんなに有名な小説家なら、この場にいるのが余計おかしくない?」
「まあ、確かに。言われてみればそうですよね。あ、ていうか、雪村ディレクターに動画送りました?」
「もちろんもちろん」
「ただいま戻りました、
壬酉がリムジンのドアを開けると、中で黒いスーツの中年男性が座っていた。
「美鈴はどうした?」
「失敗しました。怪我の状態は不明ですが、彼女は一度病院に運ばれるそうです」
「そうか。だがこうなることは想定内だ」
羽藤と呼ばれた男はスマートフォンを取り出し、電話をかける。
「もしもし、私だ。今すぐ付近の後発隊をこちらに寄越してマスコミどもの撮影した写真、映像をすべて削除させろ。ああ、今すぐだ。そして、各メディアにこの件を報道しないよう通達させろ。ああ、そうだ。我々の権威に傷をつけるような真似はさせるな」
羽藤は電話を切ると、ため息をつきながらポケットにしまい込む。
「シャイニーエンターテイメントの面汚しが……。それより、現場に入っていったあの女は誰だ?」
「ご存知ないんですか? 彼女は干川泰子、我々魔法少女の間じゃとても有名な人間ですよ」
壬酉は言葉を重ねる。
「史上最低の魔法少女、として」
「いやぁー今日もお疲れちゃん! 川澄君! 君の企画バカ受けだよ!」
「いやいやそんなこと……。まぁ、気に入ってくれたなら光栄ですよ、雪村さん」
雪村と呼ばれた赤いスーツ姿の男は、モニターが無数に並んだテレビ局の副調整室で、川澄にわざとらしく拍手をしてみせた。
「じゃあ次もよろしく・・・・・・ん?」
「どうしたんですか?雪村さん」
「いや、例の銀行強盗あったろ? その件でリポーターから動画が送られてきたんだよ」
雪村はデスクのノートパソコンを操作して、舞薗が送ってきた動画を確認する。
「次の企画で使うんですか?」
「まさか。さっき対黒課が報道規制を敷いたから、当分は使えないよ。まあパッと見ただけでも画質は荒いしブレブレだし、お蔵入りは確定だろうけどね」
「なるほど・・・・・・」
川澄は動画を覗き見る。
炎上するパトカー、飛び交う怒声、常人ならばあまりにもショッキングな映像だったが、川澄は落ち着き払った様子で終始見続けていた。
ある部分を除いて、だ。
「ちょ、ちょっと巻き戻してもらっていいですか、10秒くらい、ほんのちょっとだけ」
「な、なんだ? いきなり興奮して」
雪村は動画を巻き戻す。
そこに映っていたのは、干川の姿だった。
「おいおいおい、ウソだろウソだろ!! あっははははは!!」
川澄は、菊池たちと会話を交わす干川の姿を見て、狂ったように笑い出した。
「か、川澄君……?」
「どっかでくたばってたもんだと思ってたのに、まさか今でも律義に魔法少女なんかやってたんだ! 最高かよ! あっはは!」
豹変したような川澄の様子に、雪村はたじろぐ。
「雪村さん、この映像を撮ったリポーターに連絡して、今すぐこの女性を取材してもらえませんか?」
「いいけど、どうして?」
「決まってるじゃないですか! 次の企画ですよ!」
川澄は歪むほどの笑顔で、画面に映る干川を見つめていた。
「次の企画は魔法少女特集にしましょうよ! もちろん彼女を主役にして!」
言葉を失いつつあった雪村を他所眼に、川澄は静かな笑い声をこぼす。
「絶対面白いものになりますよ、約束します」
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