ファイヤー・ディストラクション
Chiara Wednesday
第1話 F**kin' Idol
平和は、必ずしも悠久であるとは限らない。
始まりがあればいつか、終わりがやってくるのだから。
そんな世の理に従うかのように、この街のどこかで、悲鳴とサイレンの音が鳴り響いていた。
「今すぐ人質を解放して投降しなさい! 繰り返す! 人質を解放しなさい!」
時計の針が午後の1時を回る頃、とある銀行の周りを無数のパトカーと警官が囲んでいた。
「津島さん、やべーすよ。サツが突入してきますよ!」
「大丈夫だよ福原! 人質取ってるからあいつらゼッテー入ってこねえよ!」
警官たちが包囲していた銀行の中では、二人の男性が警察の動向を探っていた。
いや、男性と断定していいのだろうか。確かに声は男性のそれなのだが、甲虫の外骨格を模した黒い鎧のような何かで全身を包んでいたのだ。
一方、銀行の外では、顎髭を蓄えた中年の男性がトランシーバーに叫んでいた。
「おい、三木谷! 中の様子はどうなっている?」
通信相手は、付近のビルの屋上にいる、後輩と思わしき男だった。
「はい、黒木さん。犯人の2名は人質を取ったまま依然建物内部に立て籠ってます」
「そんなこと見ればわかるんだよ! 銀行の目の前にいるんだからよぉ! 人質は無事なのか!?」
「あ、はい! すみません! 人質の従業員と客の24名は無事かと思われます」
「ホントかよぉ?」
「ホントっすよ!この秘密兵器でバッチリ視認してますから!」
「サーモカメラみてえなやつだろ?正直信用できねえんだよなぁ」
「信用してくださいよぉ!」
「津島さん! やべーすよ! サツがガチで入ってきますよ!」
「んなもんオメーの能力でビビらせてやればいいだろうが!」
「あ、なるほど」
福原と呼ばれる男が出入り口へと近付いていく。
「あー、あー、ン、ンンっ」
「キクちゃん大丈夫? カメラ回すよ?」
「あ、はい。いつでも大丈夫です」
出入口から10数メートル離れた場所では、リポーターたちが事件の詳細を伝えるために準備を進めていた。
『えー、現場の菊池アナに中継が繋がっています。菊池アナ、現場の様子はどうなっていますか?』
イヤホンから女性の声が聞こえる。
「はい、犯人が銀行に立て籠ってから30分余りが経過しようとしています。犯人には目立った行動は見られず、このまま緊張状態が続くと思われ――きゃあ!!」
突然、菊池の背後で一台のパトカーが大きな音を立てて爆発する。
「菊池アナ? 菊池アナ!?」
とある番組スタジオでは、途切れた映像に対してざわめきが広がっていた。
「すごい爆発だねぇ」
中年の小太りな男性が不安そうな声を上げる。
「カツミさんが不安がるなんて余程ですよ」
「いやいや透也クン、俺を血も涙もない鬼畜か何かと勘違いしてないかい?」
「てっきりそうかと思ってましたよ」
途端にスタジオに笑い声が満ちる。
「えー、この件につきましては、続報が入り次第お伝えします。さて、今回は透也さんがスタジオにいらっしゃるということで、今回こちらの企画をご用意しました!」
司会のアナウンサー――クリスタル麗子――はスタジオに流れる淀んだ空気を払拭すべく、用意されている台本に戻る。
「川澄透也の、街中ぶらりツアー!」
川澄透也と名乗った金髪の青年は、カメラに向かって満面の笑みを見せる。
「黒木さん!? 黒木さん!!」
「おう、聞こえてるよ」
「よかった。俺、てっきり炭になったかと」
「いや、冗談抜きでこんがり焼けちまうところだった。にしても何だ、今のは? 爆弾やバズーカっちゅーわけでもなさそうだし」
「おい! 聞こえるかパンダ野郎ども!」
突如、銀行の中から怒声が聞こえてくる。
「全員とっととお家に帰りやがれ! さもないとそのパトカーみてえに黒焦げにしちまうぞ!!」
すると突然、爆音とともに銀行の窓を破って火球が飛びだし、一台のバンを勢いよく吹き飛ばした。
「分かった落ち着け! 落ち着くんだ!」
黒木は拡声器を片手に、必死に犯人をなだめる。
「どうすか津島さん、今の?」
「セリフがだせえな。マイナス10点ってところだな」
「そんなぁ」
「……君たち、その力」
人質の一人、高齢の男性が犯人たちに語り掛ける。
「ブラックロードの怪人たち、だろ」
「おお、よく知ってんな。正解正解」
「さしずめ資金の足しにするためにウチを襲ったんだろう」
「ビンゴ! その通りさ! だからアンタに金庫を開ける方法を喋ってもらわなきゃ困るんだわ」
「だから何度も言っているだろう。私たちは金庫の開錠方法なんて知らな――」
「うぎゃああああああああああ!!」
突然、津島の側にいた人質が痙攣しながら苦しみだす。
「おいオッサン、シラなんか切り続けても良いことねえぜ? 俺としてはこのまま全員感電死させてやってもいいんだぞ?」
「な、なんて横暴な! 本当に何も知らないんだ! だから、頼む!」
「本田さん! もう隠すのはやめましょうよ!」
人質の若い男性がさるぐつわを自力で外し、高齢の男性に叫んだ。
「木村君……!」
「よく聞けお前ら、俺のズボンのポケットにカードキーが入っている。それを使えば金庫は開くはずだ」
「なーんだ!そういうことは最初に言ってくれよ!」
津島はすぐさま木村と呼ばれた行員のポケットを探り、カードキーを奪う。
「お前らの悪事は絶対に魔法少女が許さんぞ……!」
「魔法少女ねぇ……」
「うぐあああああああああああ!!」
「木村さぁぁぁあああん!!」
木村の体が痙攣し始める。
「そういう弱者の拠り所みたいなやつ、俺マジで嫌いなんだわ。腹立つなぁ」
木村は白目を剥いたまま動かなくなってしまう。
「黒木さん! 人質が1名やられました! 生死は不明!」
「クソ、もう限界か」
黒木はリボルバーに手を伸ばす。
ふと、背後に場違いな黒いリムジンが停車する。
「黒木警部補殿、彼らが到着しました」
黒木のもとへ一人の警官が歩み寄る。
「彼ら? 交渉人か何かに依頼した覚えはないぞ!」
「それが、
「対黒課?」
「ああそうだ」
リムジンから降りてきた別の男が近づいてくる。眼鏡にオールバック、黒いスーツの出で立ちは、まさしく冷酷ともいえる印象を醸し出していた。
「お前は?」
「ああ、申し遅れました。私は対黒課の
牧村と名乗った男が名刺を差し出すと、黒木は乱暴に受け取る。
「どうして政府のお偉いさんがこんなところに……まさか犯人は怪人だとでも?」
「ええそうです。彼らの身元もすでに割り出してあります。おい、
牧村が背後の黒いリムジンに合図すると、助手席からスーツ姿の女性が降りて、書類を片手に牧村へ走り寄る。
「どうぞ」
「どうも。犯人は江東区に在住する会社員の2人組だ。1人は
牧村はホッチキス留めされた書類をめくる。
「両名とも上昇志向が強く、会社のために粉骨砕身して働いていたが、上司の意向に不満を抱いていたようで、心身ともに追い詰められていたらしい。そこでミスター・ブラックと出会い、怪人の改造手術を許諾。それからはミスター・ブラックへの忠誠を誓い、組織で上り詰めるために今回の事件を引き起こしたらしい。ブラックロード流の資金繰りというわけです」
「どこでその情報を……」
「先日我々が取り押さえた別の怪人から聞き出したんですよ。拷問と自白剤の影響による意識混濁でかなり時間がかかってしまいましたがね」
「てめえら……!」
「おっと、怪人に同情でもするつもりですか? あなたがその気なら、いつでもブラックロードの協力者として取り締まるつもりですが」
黒木が視線を移動させると、壬酉と呼ばれた女性が右手を銃の形にしてこちらに向けているのが見えた。
「お前は、魔法少女か……?」
「まあ、軽い冗談ですよ。どちらにせよ、怪人が関わっている以上、この事件は我々の仕事です。あなた達は速やかに撤収してください」
「なあ。てめえらの仕事が怪人をぶっ殺すだけ、人質の安否が二の次ってのはもう知れてんだよ。人質が取られている以上、てめえらみてえなワケの分からねえ輩に現場を任せるわけには――」
突然、黒木の背後のパトカーが大きな音を立てたかと思うと、パトカーに大きな穴が開き、グシャグシャと音を立てながら大破してしまった。
この女性、壬酉の力なのだろう。
「おっと、聞こえませんでしたか? 今すぐ邪魔な警官どもを退かせろと言っているんですよ」
「……クソっ、勝手にしやがれ」
その言葉を聞いて、牧村は静かにほほ笑む。
「美鈴さん! お仕事の時間ですよ!」
「はーい! 今行きます!」
ハキハキとした元気な声が聞こえたかと思うと、リムジンから1人の少女が降りてきた。
歳は12か13歳ごろだろう。少女は白を基調としたメイド服のような服装をしており、随所に歯車や懐中時計、首から提げられたゴーグルといった金属的な装飾が目立っていた。手には何故か液体の入った瓶を持っており、服装と相まって緊張感の漂うこの状況には場違いともいえる存在だった。
「何だぁ? あいつは……」
「あれって、クッキングアイドルの美鈴ちゃん?」
菊池がふとつぶやく。
「知ってるの? キクちゃん」
カメラマンの男性がそう問いかける。
「
「いや、名前は知ってるよ。だけど、……キクちゃんやけに詳しくない?」
「ええ、まあ、その、好きですから……。じゃなくて、カメラ大丈夫そうですか? 一刻も早く中継を再開しないと!」
「それが、さっきの衝撃でイッちゃったみたいでさ」
「そんな……じゃあ、代わりのカメラとかないんですか!?」
「それがさ」
舞薗は菊池の後ろで横転して炎上しているバンを指さした。『東京テレビジョン』と車体側面に書かれていることから予測するに、恐らく菊池たちが乗ってきたバンと捉えるべきだろう。
「……じゃあ、これでもいいから撮ってくださいよ!」
菊池はバッグからハンディカメラを取り出した。
「ほら! 早く! 美鈴ちゃんが中に入っていきますよ!」
「黒木さん! 何してるんすか! あいつらの言いなりになるなんて、らしくないっすよ!」
「三木谷、野次馬どもの姿が見えるか?」
「ええ、見えますけど」
「対黒課のクルマが到着してから、野次馬どもの質が変わりやがった。パッと見でも分かる、野次馬どもの中にゴシップ誌やテレビ関係者の人間がチラホラ紛れ込んでやがる」
黒木は呆れたようにタバコを取り出す。
「噂には聞いていたが、対黒課はマスコミと繋がっている。この場で何が起きようが、明日には奴らの思うような筋書きになっちまうだろう」
「そんな……」
タバコを咥え、火をつけるその手は、微かに震えていた。
「怪人だの魔法少女だの、嫌な時代になっちまったもんだ」
「怪人さんたち! そこまでですよ!」
銀行内に美鈴の声が響き渡る。
「……あ?なんだお前」
「私はクッキングアイドル美鈴! 悪い人たちは絶対に許しません!」
「……福原、知ってる?」
「いや、知らねっす」
「もー! 意地悪なひと!」
美鈴は手に持っていた瓶を開け、中の液体を床に撒く。
「そんなひとには、痛い目にあってもらいますよ!」
美鈴が手をかざすと、液体はまるで生き物のようにくねくねと動きだし、二人に向かって襲い掛かる。
「てめえ! 魔法少女か!」
津島が液体に吹き飛ばされる。
「ぐあぁ!」
「津島さぁん!」
「次はあなたですよ!」
液体は福原に襲い掛かる。
しかし、福原は手のひらから炎を放射し、液体を蒸発させてしまう。
「あ! あ! 熱い! あついぃぃぃぃ!!」
人質の一人に炎が触れ、瞬く間に燃え出す。
「大変!」
その瞬間、天井のスプリンクラーが水を放出したかと思うと、軌道を変え、炎上する人質に向かって降り注いでいった。
「その能力、水を操ってんのか」
「ええ、そうです! 妖精さんが私にくれた力です!」
「妖精さん、ねえ……。あんたらは随分くだらねえモノに魂売ってんだな」
「それはこっちのセリフですよ!」
スプリンクラーから放出された水が集まっていき、まるで2メートルはあるかのような大きなスライム状に変化する。
「私の全身全霊の攻撃を召し上がれ!」
「なーにが召し上がれだ。馬鹿じゃねーの」
「え?あれ?」
吹き飛ばされたはずの津島が、いつの間にか美鈴の背後に回り込んでいた。
「ぎゃあああああああああああ!!」
津島が電撃を浴びせると同時に、美鈴は甲高い声で絶叫し、痙攣しながら床に倒れこんだ。
「津島さぁん! さすがっす!」
「へへ、魔法少女なんかが俺たちに勝てるわけねえんだよ!」
津島が美鈴へ蹴りを加える。
「ぐえっ!」
「お、まだ息してんじゃーん!」
津島がすかさず両手を縄で縛り、胸のブローチをはぎ取る。
「や、やめてください!それが無かったら私――」
「チカラが使えないんだろ? 知ってるよ」
津島はブローチを床に捨てると、変身を解いて人間の姿に戻り、ズボンのベルトを緩め始める。
「福原、あいつらが入ってこねえように見張ってろ」
「へいへい。あとで俺にもヤラせてくださいよ」
「ちょっと!? 一体何をするつもりなんですか!?」
美鈴は想定外の行動に思わず目を見開く。
「うるせえ! 黙ってろ!」
「ぎゃぁ!!」
津島は美鈴に跨ると、美鈴の顔を殴った。
「誰か……誰か……」
痛みと恐怖で美鈴は涙を流す。
「誰か助けてええええぇぇぇぇ!!」
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