第18話


「うさぎちゃん。」


女性が大きな白い動物に声をかけた。


うさぎちゃんと呼ばれた白い大きな動物は真っ赤な目をぎょろりとこちらに向けた。


って、睨んでるよね。これ。


「あら。今日はいつも以上にご機嫌ナナメねぇ。」


女性はおっとりとした口調で言うと、うさぎちゃんの頭を優しく撫でる。


うさぎちゃんは撫でられるのが気持ちいいのか、うっとりと目を細めた。


そして、口が少し開く。


真っ白な口からは真っ白な鋭い牙がのぞいている。


これって、うさぎちゃんなんて可愛らしい名前だけど絶対草食動物じゃないよな?この発達した牙から察するにきっと肉食動物なのではないだろうか。


「うさぎちゃん。今日はうさぎちゃんとお話できるかもしれない人を連れてきたの。うさぎちゃんの悩みをこの人に話してみてね。うさぎちゃんが元気がなくて私、心配しているのよ。」


「は、初めまして・・・。カナタといいます。」


「ノエルなのー。」


「あ、申し遅れました。私はアメリーといいます。」


アメリーさんはそう言ってようやく名前を名乗った。


それにしても、この町は名前の最初に「ア」がつく人が多いような気がする。というか、名前の先頭に「ア」がつく人にしか出会っていないような気がする。


うさぎちゃんは、名乗ったオレのことをじっとりとした目で見つめてきた。


それはまるでオレのことを隅々まで調べているように見えた。だが、ノエルにはそのような視線を向けることはなかった。


「えっと。うさぎちゃん。なにか困っていることでもあるのかな?」


オレはその場にしゃがんでうさぎちゃんと同じ目線の高さになる。


動物というのは視線の位置を合わせた方が良いらしいのだ。


といっても、うさぎちゃんは大きいのでオレは中腰になって話かけているので腰が痛くなりそうだ。


「ぐるぁああああ・・・・。」


うさぎちゃんは視線を合わせると低くうなり声をあげた。


その様子を見たアメリーさんは慌てだした。


「だ、大丈夫よ。うさぎちゃん。この人は大丈夫だから、そんなに警戒しないで。ね?ね?ここで人を噛み殺してしまったら、うさぎちゃんがギルドの人たちに殺されてしまうわ。だから、お願い。落ち着いて。大丈夫だから。」


アメリーさんは、うさぎちゃんの頭や背中を優しく撫でてうさぎちゃんの気持ちを落ち着かせようと一生懸命だ。


というか、噛み殺すって・・・。


それだけこのうさぎちゃんは凶暴だということだろうか。


でも、オレを噛み殺したらうさぎちゃんまで殺されてしまうのはあまりに可哀想だ。


「ぐるぅぅぅぅ・・・。」


うさぎちゃんはアメリーさんの説得が聞いたのか、少しだけ大人しくなった。だが、オレを警戒する視線は健在だ。


こんなに警戒されている状態でうさぎちゃんと会話ができるのだろうか。



「うさぎちゃん。随分気が立っていますね。オレ、少し席を外した方がいいですか?」


「いいえ。大丈夫よ。うさぎちゃんもきっとわかってくれるから。その証拠にほら。大人しくなったでしょ?」


アメリーさんはそう言ってにっこりと笑った。


確かに先ほどよりかは大人しくはなっているけど・・・。


「えっと、まずはアメリーさんに尋ねたいのですが。うさぎちゃんがなにか悩んでいると思ったのはなんでですか?」


うさぎちゃんの警戒心を少しでも解こうとまずは、アメリーさんに話しかける。


アメリーさんがうさぎちゃんと話ができる人物を探していたのはなんでなんだろうか。


アメリーさんとうさぎちゃんのやりとりを見ている限り、アメリーさんとうさぎちゃんは心を通わせているように見えるのだけれども。


「カナタさんはニャー亭の食事を食べたでしょう?」


「ええ。いただきました。」


「味が少し物足りないと思わなかったかしら?」


「え、あ、まあ。はい。」


アメリーさんは急にニャー亭の食事について語り出した。


食事とうさぎちゃんとにどんな関係があるのかわからないけれども、オレはアメリーさんの話に耳を傾けた。


「そうよね。そうなのよね。」


オレがニャー亭の料理の味が少し物足りないと告げると、アメリーさんは神妙に頷いた。


「前はね、もっと美味しかったのよ。」


「そうなんですか。材料や調理法を変えたのですか?」


同じ材料と同じ調理法で味が異なるわけがない。


だとしたら、材料や調理法を変えたとしか思えないのだ。


だから、そう尋ねたのだけれども・・・。


「同じよ。まったく変えていないのよ。」


アメリーさんは材料も調理法も変えていないと言い出した。


「だからね、きっとうさぎちゃんの具合が悪いのかと思って・・・。」


「ん?」


どうしてそこでうさぎちゃんが関係してくるんだ?


オレは思わず首を傾げてしまった。


「ああ。そうそう。言い忘れていたわ。料理に使われているのはうさぎちゃんのミルクなのよ。」


「えっ・・・。」


あの料理にこのうさぎちゃんのミルクが使われていたのか。って、うさぎちゃんって視線がキツいんだけど女の子だったのかな。


「だからね。うさぎちゃんの具合が悪いのかと思って・・・。でも、うさぎちゃんを見てもらえるような獣医さんがこの辺にはいなくて・・・。困っていたところにカナタさんが来てくださったの。」


そう言ってアメリーさんは嬉しそうに目を綻ばせた。


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