第10話
「んにゅ・・・。ふみゅ・・・。」
なんだろう。
耳元で可愛らしい声がする。
ゆっくりと浮上していく意識の端で可愛らしい声が聞こえてきた。
「ふみゅ・・・。んにゅ・・・。」
誰かいるのだろうか?
オレの頬をざらざらとしたものが行き来している。
「んにゅ・・・。んにゅ・・・。」
肩の辺りを柔らかい何かが捏ねるように軽く押してくる。
「ん~。」
オレはその柔らかい感触が気になって眠い目をゆっくりと開けた。
目の前にはオレの顔を覗き込んでいる可愛い可愛いノエルがいた。
そうだ。
オレはさっき女神であるシラネ様に会ったんだった。
そうして、可愛い可愛いノエルがオレの元に来たんだった。
眠っていて忘れてしまった。
「可愛い可愛いノエル。オレを起こしてくれたのかい?」
「んにゅっ!お腹すいたのー。」
可愛い可愛いノエルは無邪気にそう言った。
そう言えば、もうすっかりと胸焼けはよくなっていた。
シラネ様に交換してもらったお金もあるし、可愛い可愛いノエルのために何か食事をわけてくれないかな。
そう思ってオレはアーモッドさんに直通で繋がるという糸電話を手に取った。
「ああ。やっとよくなりましたか?すぐに行きますね。」
「あ、すみません。アーモッドさん。もし猫用の食事があったら一匹分いただきたいんですが・・・。もちろんただでとは言いませんから。お代は払いますから。」
「ん?猫・・・ですか?わかりました。すぐに行きますね。」
アーモッドさんは少しだけ考えた素振りをしたが、すぐに了承してくれた。
あーでも、可愛い可愛いノエルの食事を頼んだけど、さっきまでお金を持っていなかったのに急にお金があるって代金を支払ったらおかしいよな。
ここはノエルの食事代分も雑務をするとするか。
「お待たせしました。」
「待ってたの-。良い匂いなのー。」
アーモッドさんが部屋に入ってくると同時に可愛いノエルがピョンッとソファーの上から飛び降り元気よくアーモッドさんの元に駆け寄っていく。
「おっと。可愛らしいにゃんこですね。先ほど言っていた食事はこの子のためのものですか?」
「はい。お腹が空いたと言っていたので。」
「ノエルはねー!お腹が空いたのー。」
ノエルは無邪気にアーモッドさんに向かって笑いかけている。
猫って警戒心が強いと言うけれども、ノエルには当てはまらないらしい。
「はははっ。可愛い子ですね。さあ、どうぞ。」
アーモッドさんはそう言ってにこやかに笑いながら、ノエルの前に食事を差し出した。
「あの・・・アーモッドさん。雑用って何をやったらいいですか?ノエルの食事代の分まで働かせてください。」
そうアーモッドに告げた途端アーモッドさんはにっこりと意味あり気な笑みを浮かべたのだった。
「雑用はたくさんありますからね。選んでもいいですよ。」
「は、はあ。」
アーモッドさんは嬉しそうに告げる。
この人なんでこんなに嬉しそうなのだろうか。
「どんな内容ですか?」
「一つは畑の水やりです。この食堂では自家栽培した野菜を使用しております。そのため、野菜への水やりが必要なのです。」
どうやら、一つ目の雑用は肉体労働らしい。
水道にホースを繋げれば水やりだったら楽勝かな。
畑の面積がわからないからなんとも言えないけれども、時間さえあれば簡単に終えられそうだ。
「もう一つは明日の下ごしらえです。野菜の皮むきが主な作業になります。」
二つ目の雑用は野菜の皮むきのようだ。こちらは手先の器用さも求められるのだろう。
下手に剥いてしまえば見た目が悪くなるし、下手をすると皮を厚く剥きすぎてしまって、身がなくなってしまうなんてこともあるだろう。
「もう一つはニャーニャーニャー亭の掃除になります。ニャーニャーニャー亭は客商売ですからね。毎日掃除は欠かせません。」
三つ目の雑用はこのお店の掃除らしい。掃除と言ってもどこまで掃除をするのかわからないところが怖い。
床掃除だけではなく窓拭きなんかもやるのだろうか。
掃除が苦手なオレにとってはこの選択は一番ありえないかな。
「最後に鶏小屋の清掃があります。ニャーニャーニャー亭では毎日産みたての新鮮な卵を使用して料理を作っています。そのため、鶏小屋も広くたくさんの鶏がおります。それと産んだ卵の回収も仕事内容に含まれます。」
鶏小屋の清掃ねぇ。卵の回収も含むのか。
凶暴な鶏じゃないといいけど。
さて、選択肢は4つある。
どれを選ぼうかな。
「ノエル鶏なのー!鶏小屋行くの-!!」
アーモッドさんから提示された選択肢の中でどれが一番簡単だろうかと考える。
どれも雑用とだけあって難しくはない内容だが・・・。
どれにしようかと悩んでいると、可愛いノエルが鶏小屋に行きたいと言い出した。
鶏小屋かぁ・・・。
まあ、可愛いノエルが選んだのだからオレには拒否権なんてないな。
それに女神であるシラネ様からオレのことを頼まれているノエルだから、きっとオレに不都合がない仕事を選んでくれたんだろうと思う。
「それでは鶏小屋の掃除をさせていただきます。」
「わかりました。今の時間だともう鶏たちは寝ていますので、明日の早朝からお願いできますか?」
アーモッドさんはオレの答えを聞くとにっこりと笑って頷いた。
しかし、オレが選ばなかった雑用はいったい誰がやるのだろうか。
☆☆☆
そして翌日、オレは鶏小屋の前で呆然と突っ立っていた。
ニャーニャーニャー亭の鶏小屋は想像以上に広かった。
普通の一軒家くらいあるのではないかと思う広さだ。
しかも鶏小屋だけではなく、鶏小屋から続くだだっぴろい野原も見える。
鶏たちは日が暮れると自ら鶏小屋に入っていくらしい。
そうして、朝鶏小屋のドアを開けると鶏たちが外に飛び出してくると聞いた。
そのため、鶏たちが外に出ている間に鶏小屋の掃除と卵の回収をおこなうことになっている。
だが、鶏だって生きている。
そう命ある生き物なのだ。
だから、その日の気分によって外に出たくない鶏もいるらしい。
そういうときは鶏の邪魔にならないように鶏小屋を掃除しなければならないとアーモッドさんは言っていた。
それにしても、広いな・・・。
「では、カナタさん。お願いしますね。お昼頃までに終わらせてくだされば大丈夫ですから。それと・・・鶏にはあまり近寄らないようにお願いします。凶暴ですからね。」
「は・・・はい。しかし、思ってた以上に広いんですね。」
「ははっ。そうですね。このニャーニャーニャー亭で使用する卵を全てここの卵でまかなっていますからね。必然的に鶏の数も多くなっています。」
ニャーニャーニャー亭に一日何人くらいのお客が来るかわからないけれども、どうも鶏小屋には100匹近い鶏たちがいるような気がする。
アーモッドさんはオレに掃除用具を渡すと呆然とするオレを横目にさっさと自分の仕事に戻っていってしまった。
「鶏いっぱいなのーっ!」
ノエルは嬉しそうに尻尾をゆっくりと揺らしてはしゃいでいた。
本当にいつもノエルは可愛くて仕方が無い。
「さて、こうしていても仕方が無いな・・・。まずは鶏小屋のドアを開けるか・・・。」
オレは意を決して鶏小屋のドアを開けた。
途端になだれ込んでくる鶏たち。
どうやら外にでるのを心待ちにしていたようだ。
「「「コケコッコーーーーーーーっ」」」と鳴く鶏は数匹しかいない。
後は、皆「コッコッコッ」と小さくないている鶏ばかりだ。
元気の良さが違うことにオレは首を傾げた。
「きゃぁーーーー!!」
ノエルは鶏たちの大移動の後を尻尾を振りながらついていってしまった。
ノエル・・・。オレのそばにいてくれればいいのに。
ちょっと・・・いや、かなり寂しい気落ちになったが落ち込んではいられない。
オレには鶏小屋を掃除するという使命があるのだから。
そう思って、鶏小屋の中に足を踏み入れた。
ほとんどの鶏は外に出て行ってしまったので中に入っている鶏は数羽しかいなかった。
鶏小屋に残っている鶏のうちの一匹にオレは釘付けになる。
なにやら「コッコッコッコッ」と苦しそうに鳴いているのだ。
オレはアーモッドさんに鶏には近づくなと言われていたけれども苦しそうな鳴き声が気になり、その鶏に近づいていった。
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