第9話


「お主がいつ妾を呼んでくれるかと楽しみにしておったのにのぉ。お主はまったく妾の名を呼ばぬから退屈じゃったのじゃ。」


女神様は開口一番にそう言ってのけた。


「何度か女神様を呼んでいたのですが・・・。」


「ん?今回が初めてじゃろう?」


女神様は不思議そうな顔をして首を傾げている。


「お主、妾の名前など一度も呼ばなかったではないか。」


「え?何度か女神様と呼びかけましたが・・・。」


「なんじゃ。妾は女神様という名前じゃないのじゃ。」


「えっ!?オレ、女神様の名前なんて知りませんけど・・・。」


やっぱり女神様の名前を呼ばなければならなかったのか。

だけど、ならなんで女神様はどうして今、ここにいるのだろうか。


「うみゅう?でも、お主は先ほど妾の名前を呼んだぞ。なんだ、妾の名前を知らなかったのかえ。」


「・・・はい。」


記憶を思い返してみても女神様に名前を教えてもらった記憶など、ない。それに、女神様の名前を呼んだ記憶もない。


「むぅ。知らぬのか。」


「あの・・・お名前を教えてはいただけないのでしょうか?」


「よいのじゃ。もっと早く聞くべきことじゃろ。妾はシラネと言うのじゃ。覚えておくように。」


「へ?シラネ?」


女神様は案外素直に名前を教えてくれた。


「シラネ様と呼ぶのじゃ。」


そう言えばさっき女神様の名前なんか知らねえって叫んだよな、オレ。

そっか。「知らねえ」が「シラネ」様を呼んだことになったってことか。

すごい偶然だな。

ってか、この偶然がなかったら女神様とはもう会えなかったということだろうか。

危なかった・・・。オレ、グッジョブ。よくやった。


「して、困っていることはないかのぉ?」


シラネ様はそうオレに問いかけてきた。

困っていることは多々ある。

まずこの国で使えるお金がないことだ。お金がないことには泊まるところも用意できないし、食事もできないのだ。

働けばよいと言われてもどこでどう働いたらいいのかもわからない。


「日本円がこの国では使用できなかったんだ。オレが持っている日本円をこちらの世界のお金に両替してもらうことは可能でしょうか。」


「なんじゃそんなことか。なに簡単なことじゃ。お主が持っているお金をすべてこの世界の通貨に効果すればよいかの?」


「はい。お願いします。」


オレは財布の中からありったけのお金を取り出してシラネ様に渡した。

と言っても、ほとんどカードで支払っていたからお財布の中には一万円札一枚と硬貨が数枚しかなかったのだが。

ああ、普段から現金を持っと持っていたら苦労はしなかったのにな。通帳の中には日々の残業代が貯まってたのに・・・。

そうして、オレは一万ニャールドを手に入れたのだった。


「他にはなにかないのかえ?」


「仕事をしたいので何の職業に就くのがお勧めか教えていただけますか?」


「んにゅう?そんなものはないのじゃ。お主は無職ゆえどのような職業にでも就くことはできるじゃろ。いろいろ師事することじゃ。」


「は、はあ・・・。」


どうやら仕事についてはお勧めの職を教えてはくれなかった。

オレならどんな職業にも就ける・・・か。

でも、この世界で何の職についたら一番楽ができるかわからないんだよなぁ。

まあ、無職だから誰かに師事すればその職につくことができるというわけだから、いろんな人に師事してみますか。


「おお。そうじゃったそうじゃった。無職を選んだお主にプレゼントがあるのじゃ。」


「はあ。」


思わず気の抜けた返事をしてしまった。

今更プレゼントと言われましても・・・。初回プレゼントなら、異世界に転移させる前に渡してくれてもいいだろうに。

でも、女神様であるシラネ様からのプレゼントだ。正直どんなものか気にはなる。

この世界で生きていくのに便利なスキルの類いなのだろうか。


「ノエル、来るのじゃ。」


「はぁ~い。」


シラネ様が何もない空間に向かって声をかけると甲高い返事が聞こえてきた。

そうしてシラネ様の頭の上に金色の影が現れ、次第に形になっていく。


「ノエル・・・妾の頭の上に出現するとは良い度胸をしておるのぉ。」


あ・・・。シラネ様の声がワントーン低くなった。

しかも眉間にも皺がよっている。幼女のうちから眉間に皺をよせるのはちょっとどうかと思うんだけど。


「ん-。ノエルはノエルなの~。」


金色のにゃんこはノエルと言うらしい。

可愛らしい金色の耳をぴこぴこと動かしながらシラネ様の頭の上でご満悦に毛繕いをしている。

時折ノエルの金色の長い尻尾がシラネ様の首をてしてしと叩いている。


ぐふっ・・・。可愛い。

オレもあの尻尾でてしてしされたい。


実は日本にいたころもオレは猫が大好きだったんだ。だけれども猫は飼ってはいなかった。

飼うだけの余裕がなかったからだ。

長時間家を仕事で留守にするオレには猫なんて飼えなかったのだ。ご飯だってあげなければいけないし、トイレの世話だってある。

それに一年に一回のワクチン接種や健康診断も必要だ。

だが、オレは仕事に忙殺されていた。

土日だって仕事だし平日だって終電まで仕事だ。そんなオレが猫を飼ったってまともに世話もできない。

そう思って猫を飼うことを諦めていたのだ。


「さて、ノエル。今日からお主がこの男の世話をするのじゃ。」


猫を飼いたかったと思っていたら、シラネ様が可愛いノエルにオレの世話をするように命じていた。


「えっ!?」


「えーーーー。ノエルが世話をするのぉー?」


オレは可愛いノエルと一緒にいられることが嬉しくて、思わず声が弾んでしまった。

しかし、ノエルはオレと一緒にいるのが嫌なのか思いっきり顔をしかめて、尻尾をビタンッビタンッとシラネ様の顔に向かって打ち付けている。

シラネ様の眉間に皺がよる。


「ノエルが世話をするのじゃ。こやつはまだまだこの世界に馴染んでおらぬからのぉ。早くこの世界に馴染めるように力をつくすのじゃ。」


どうやらシラネ様はオレのために可愛いノエルをサポート役としてつけてくれるそうだ。

でもさ、普通異世界転移してサポート役をつけるっていったら美少女じゃないのか・・・?

いや、オレは猫が好きだからもちろん可愛いノエルで十分満足なんだけどさ。


「むぅ~~~。ノエルはお世話をするのではなくて、お世話をされたいのですっ!!」


ぷくぅ~~っと可愛いノエルの頬が膨れる。

ご機嫌ななめのようだ。

でも、そんな怒った顔も可愛らしい。

猫ってだけでどんな姿でも可愛いから不思議だ。


「あの・・・オレ、可愛いノエルの下僕になりますっ!!!」


可愛いノエルと一緒にいたくてオレは思わずそう叫んでいた。

唖然とした四つの目がオレに向けられる。

言わずもがな可愛いノエルとシラネ様の目だ。

まさか急にオレが叫び出すとは思わなかったようで心底驚いたらしい。


「お主・・・変わっておるのぉ。自ら下僕になりたいなどと言うなんてなぁ。正気なのかえ?」


「ノエルの下僕~。下僕ゲットだぜぇ~!」


「可愛いノエルと一緒にいられるのなら下僕にでもなんでもなりますっ!!」


可愛いノエルは自分の世話を買って出たのが嬉しいのかぴょんぴょんと飛び跳ねている。

反対にシラネ様は変なものを見たというように顔をおっもいっきり顰めていた。


「・・・まあ、よいがのぉ。だが、ノエル、この者が困っていたら妾の代わりに助けてやるのじゃぞ。」


「うん。気が向いたらね!」


シラネ様は可愛いノエルにオレを助けるように告げた。可愛いノエルはシラネ様のその言葉に可愛らしく頷いた。


「・・・はあ。まあよい。ノエルの下僕になって世話をするのじゃ。特別に適性をさずけてやるのじゃ。」


シラネ様はため息をつきながらもオレに適性を与えてくれたらしい。

やったね。

可愛いノエルと一緒にいられるし、なんだかわからないけれども適性もさずけてもらえたし。

この適性を使用すれば、もしかしたら仕事をしてお金を得ることができるかもしれない。

可愛いノエルのおかげでオレはこれからの未来が明るく開けたような気がした。

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