第8話

「女神様っ!!」


急に女神様と叫んだオレを給仕の男と、金縛りからとけたアルフレッドさんが精神的異常者を見るような目で見つめてくる。

しかし、そんなこと構っていられない。このままだとオレは無銭飲食になってしまうのだから。


「女神様っ!助けてくださいっ!」


なりふり構わず大声で女神様に声をかける。しかし、いくら待っても女神様からの返答はなかった。


「・・・あなた、ちょっとこっちに来ていただきますか?お連れの方は災難でしたね。こんな方に目をつけられて。お題は彼からいただきますので、お連れの方はお帰りになって構いませんよ。」


「ありがとうございます。それでは僕は失礼させていただきます。」


女神様っ!女神様っ!!と叫んでいるオレを不審に思ったのか、給仕の男性はオレの腕をがっしりと逃がさないように掴みながら、アルフレッドさんに向かって帰るようにと告げた。

もちろん、アルフレッドさんは二つ返事で頷いてこの場を後にした。


「えっ・・・ちょっ・・・アルフレッドさんっ!?」


アルフレッドさんにあっさりとおいて行かれたオレは焦る。

しかし、焦ったところでアルフレッドさんは帰ってこない。

それに、元々アルフレッドさんには食事できる場所を聞いただけの仲だ。

そして親切にも一緒にご飯を食べてくれた人っていうだけだ。

そりゃあさっさとオレをおいて出て行きたくもなるだろう。


「さっ、あなたはこっちに来てください。」


「す、すみませんっ。お金なら絶対に払いますから。」


給仕の男は強い力でオレの腕をとり、バックヤードへと引きずっていく。


「お金を持っていない人に言われたくありません。」


「そ、そんな・・・。必ず稼いでお返しいたしますからっ!」


「貴方、この国に来たばかりで仕事してるんですか?あてはあるんですか?」


「うっ・・・。」


お金を持っていないのは事実だ。持っていてもこの世界で使えない通貨なら意味がない。それに、この世界でオレはまだ職に就いていない。

職業無職だし。

そんなオレが一朝一夕でお金を稼げるはずもなく、給仕の男の図星をつく言葉に何も言えなくなった。


「ないんですね。わかりました。では、雑用でもしてもらいましょうか。料金分しっかり働いてもらいますよ。」


「えっ!?」


「異論がありますか?あるのなら騎士様につきだしますよ?」


「うっ・・・。」


誰がどう見ても無銭飲食をしたオレが悪いというだろう。

無銭飲食するつもりはなかったけれども、結果的にこの国で使用できるお金を持っていなかったのに食事をしたオレが悪いことになるだろう。

ここで騎士様に連れていかれたら牢にでもぶち込まれてしまうかもしれない。

たかが無銭飲食だけど。この世界の法律なんてわからないし。最悪、死罪もあり得るかもしれない。


「・・・わかりました。雑用させてください。」


つまりオレは給仕の男の言葉に逆らうという選択肢なんてないというわけで。

こうしてオレはニャーニャーニャー亭の雑用をすることになったのであった。


「でも・・・その前に休憩させていただけませんか?胸焼けが・・・。」


「はい?」


何故だか知らないけれどもアルフレッドさんに固まられたり、目の前にいる給仕の人に睨まれたり、お金がないことに気づいたりしたけれども、胸焼けはまだ治っていない。

正直、このまま雑用をこなせるような体調ではないのだ。恥を忍んで、給仕の人に休憩させて欲しいとお願いした。


「あの方が駄目なら今度は私がターゲットですか?」


給仕の男性はそう言って目を吊り上げた。

いや、ターゲットって何の話・・・?


「ターゲットってなんのことでしょうか?オレは甘い料理を食べすぎて胸焼けがしているんです。だから、少し休憩したいなと・・・。」


「胸焼け・・・?」


「はい。ここで出していただいた料理、とっても美味しかったんですけど甘かったので胸焼けをしてしまいました。」


給仕の男性は「胸焼け」という言葉に反応した。先ほどまで吊り上がっていた目が驚いたように丸みを帯びている。


「・・・そうでしたか。それは、とんだ勘違いを・・・。ただ、お連れの方も勘違いしていたようですので後で事情を説明された方がよろしいかと思いますよ。」


視線を横に逸らしながら給仕の男性は謝罪してきた。

って、謝罪でいいんだよな?これ。


「あの・・・勘違いとは?」


アルフレッドさんに事情を説明した方がいいと言われても彼が一体何を勘違いしたのかわからないので説明のしようがない。

ただ、給仕の男性はアルフレッドさんと同じ勘違いをしたようなので、いったい何がいけなかったのかということを確認する。

すると、給仕の男性は気まずそうに視線を逸らしながら教えてはくれなかった。


「いいんです。勘違いだったらそれで。お連れの方にもちゃんとに端折らずに説明されれば誤解はとけるかと思います。」


「は、はあ。」


「それより、胸焼けで少し休みたいんですね。こちらに従業員用の控え室がありますので、そちらに案内させていただきます。歩けますか?」


「あ、はい。ありがとうございます。」


先ほどの態度とは一転して給仕の男性は親切に控え室に案内をしてくれた。どうやらこの男性は人の世話をするのが好きなようだ。


「私は、アーモッドと言います。先ほどは失礼いたしました。こちらで休んでいってください。ただ、料理のお金はしっかりといただきますからね。お金を持っていないのであれば工面してきてください。工面するのが難しいということであれば、ここで雑用をしていただきます。」


「オレはカナタと言います。この国に来たばかりでお金を稼ぐ方法がわからないので雑用をさせてください。」


「わかりました。では、体調が良くなったら私に声をかけていただきますか?そちらにある通信機で私につながりますので。」


そう言ってアーモッドさんは、部屋の隅にある白いコップのようなものを指さした。

・・・通信機?

見た目は白いコップのようでとても通信機には見えないのだが・・・。しかも、見た限りどこにもダイヤルするボタンがついていない。

これは、アーモッドさんにしか繋がらない通信機なのだろうか。

通信機を良く見てみると、底から一本の糸が飛び出している。その糸が壁に刺さっているようだ。

って、コレ。糸電話じゃね?

なんて原始的なんだろうか。異世界なんだから、魔法で通信できるとかそういうのはないのだろうか。


「では、私は仕事に戻ります。」


「あ、はい。すみません。休憩室まで借りてしまって。」


「ここは休憩室ではありませんっ!控え室です。注意してくださいね。」


「は、はあ。」


休憩室と言った瞬間にアーモッドさんが急にプリプリと怒り出した。

なんだか、休憩室というワードが彼の逆鱗のようだ。

いったい休憩室はなにを意味しているというのだろうか。

まあ、いっか。

ちょうどソファーがあるから、ソファーに少し横になっていようか。

アーモッドさんが控え室から出て行くと、オレは部屋の中に置かれたソファーに横になった。ふかふかのソファーはとても心地が良く胸焼けも少しはよくなったような気がした。


「はぁ・・・。でも、なんで女神様はオレの呼びかけに答えてくれなかったのだろうか。」


「妾の名前を呼べ」と言っていたのに。


・・・ん?・・・あれ?

妾の名前を呼べってもしかして、女神様っていう総称じゃ駄目ってことか?

でも、ちょっと待てよ。

オレ、女神様の名前なんて教えてもらってないんだけどっ!!


「女神様の名前なんて知らねーじゃん。」


「呼んだかのぉ?」


「えっ?」


女神様の名前なんか知らないと叫んだら突然目の前に幼女の女神様が現れた。

いったいどうなってるんだ・・・?

さっきまでは何度女神様の名前を呼んでも現れなかったのに。もしかして、周りに誰かいると呼んでも女神様は現れないのだろうか。

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