第6話

「ここです。ここが僕のお勧めのニャーニャーニャー亭です。」


アルフレッドさんは一軒の定食屋の前で立ち止まった。


って、ニャーニャーニャー亭ってなにそのネーミングセンス。

ニャーニャー亭もネーミングセンスどうなんだろうとは思っていたけれど、それよりひどいネーミングセンスだ。

もしかして、ニャーニャー亭とニャーニャーニャー亭は姉妹店なのだろうか。


そこのお店は繁盛しているようで、店の前に人が何人も並んでいる。そして、お店の中からはとても良い匂いが漂ってきている。

その匂いを嗅いでしまったら、「ぐぅ~~~~~っ。」とお腹の音が鳴ってしまった。


「あはっ。お腹空きましたよね。並んでいるのがこのくらいだったら10分後には食べられますよ。」


「あはは。お恥ずかしいところを・・・。」


「いいんですよ。美味しそうな匂いでしょ?」


「はい。とても美味しそうな匂いです。」


オレはアルフレッドさんと会話をしながら順番になるのを待つことにした。


「おいっ!聞いたか?今日は辛めの味付けだってよ。」


「えっ!?オレは甘めの味付けって聞いたけど・・・。」


「オレは今日は酸味の強い味付けって聞いたから来たんだが・・・。」


アルフレッドさんと会話をしていると他の客の声が漏れ聞こえてきた。どうやら今日の味付けの話をしているらしい。

でも、どうやら今日の味付けは同じではないようだ。

もしかして、料理人さんが複数いるのだろうか。


「おや。今日はまた大混乱の日のようですねぇ。」


アルフレッドさんはにこやかにそう告げた。

ってか、大混乱の日ってなに!?


「どういうことですか・・・?」


「作るたびに味付けが異なります。今日は味の統一をせずに好き勝手に作っているようですね。これは、当たり外れがかなり大きいですよ。」


「えっ!?」


一品ごとに味付けが異なるということか!?

なんだ、それは・・・。


「今日は自分の好きな味に当たれば天国にいけるほどの気分を味わうことができますよ。だから今日はこんなに並んでいるんですね。納得しました。」


・・・。それって、納得していいことなんだろうか。


そうこうしている間にオレたちは店の中に案内された。


「ここではメニューは選べませんので、出てくる料理を待つだけです。」


「は、はあ。あの・・・食べられない食材があったらどうするんですか?」


メニューを選べないということは食べられない食材が入った料理が出てくる可能性もあるということだ。そんな料理が出てきてしまったらどうしようか。

全く手をつけずに帰るというのも料理人さんのことを思うと気が引けるし・・・。


「ああ、安心してください。そういうときは、食べられない食材を告げれば外してくれます。」


「そうなんですね。安心いたしました。」


どうやらメニューは選べないけれども、食材を避けることはできるようだ。そのくらいの配慮はしてもらえるらしい。


「カナタさんは食べられない食材がありますか?」


「いいえ。オレは好き嫌いなく食べれます。」


「そうですか。それはよかった。」


オレは好き嫌いなくなんでも食べることができる。それに、アレルギーなんかもないし。


間もなくして給仕の男性が皿に乗った料理を運んできた。

大判のプレート一枚に野菜と肉とパンらしきものが盛られている。一見するととても美味しそうな見た目で、漂ってくる匂いも鼻をくすぐるような良い匂いだった。


「ぐぅ~~~~。」


料理を見て、またオレのお腹が鳴ってしまった。

ただ、今度はアルフレッドさんはオレのお腹の音に気がつかなかったようだ。

なぜならば、アルフレッドさんの視線は料理に釘付けだからである。


「今日も美味しそうですね。では、いただきましょうか。」


にっこりと料理を前に今日一番良い笑顔を浮かべるアルフレッドさん。

よほど、このお店の料理が好きなんだということがわかる。


「・・・んっ。うぅ~ん。」


アルフレッドさんは嬉しそうに顔を綻ばせながら、まずはお肉を一口口に入れた。その瞬間、アルフレッドさんの眉間にしわがよった。

美味しくなかったのだろうか・・・?


「お口に合いませんでしたか・・・?」


オレは恐る恐るアルフレッドさんに問いかけた。


「う~ん。美味しいことは美味しいんだけどね、僕が食べたい味ではなかったんだよ。」


「そうでしたか。じゃあ、今日はハズレの日だったんですね。」


「ん、そういうこと。カナタさんの口には合うかな?」


アルフレッドさんは少しだけ残念そうな顔をしてから、すぐに笑顔でオレを見てきた。

料理がまずいということだけはないのが救いだ。そう思って、オレはまず料理の匂いを嗅いだ。漂ってくるのは香ばしい香草とお肉の良い匂いだ。

こんなに良い匂いがしているのにまずいと言うことはないだろう。

そう思って、ナイフとフォークで肉を切り分けて口に運ぶ。


もぐもぐ・・・ん?


「か・・・辛いっっっっっ!!!!?」


見た目は全く辛そうには見えない。なのに口に入れてお肉を噛んで飲み込んだ瞬間に遅れて辛さが口の中に広がった。

一口噛んだ時は美味しいと思ったのに、後から辛味がくるとは・・・。まったくの想定外だった。


オレ、辛いものはそんなに苦手じゃないんだけれども、この辛さはちょっと辛いかもしれない。


一口食べただけなのに額に汗が浮かんでくる。


「おや?カナタさんは辛い味付けだったんですね。僕のは少し甘めの味付けでした。」


そう言ってにこやかにアルフレッドさんは微笑んだ。

同じテーブルについていても、出てくる料理の味が違うのか・・・。そう思ってアルフレッドさんの前に置かれている料理を見る。

見た目はオレの前に置かれている料理と差異はなかった。


「はは・・・。オレ、辛いのはそれなりに食べられたと思ったんですけど、これはちょっとオレには手があまりますね。まあ、でも口に入れた瞬間はとっても美味しいと感じたんですけど、その後にくる辛さがこれでもかってほどにパンチをきかせています。」


ゴクリッ。


オレが料理の辛さの説明をしていると、目の前に座っているアルフレッドさんの喉が鳴ったような気がした。

もしかして・・・。


「アルフレッドさん、よかったら食べてみますか・・・?」


オレはそう言って皿をアルフレッドさんの方に動かした。アルフレッドさんの目が輝きを増す。


「いいんですかっ!?」


身を乗り出して確認してくるアルフレッドさん。

どうやら、辛い味付けがアルフレッドさんの好みなのだろう。


「ええ。ちょっとオレには辛すぎるから・・・。」


「あ、ありがとうございますっ!!!!あ、僕のよかったら食べてくださいね!交換しましょう!!」


アルフレッドさんは両手のひらを胸の前で組んでキラキラと輝く瞳でオレを見つめてきた。

ほんとうに嬉しそうだな。この人。


「ええ。交換しましょう。」


辛い料理は苦手ではないけれど、ここまで辛い料理だと食べきれるかどうか不安になる。なので、アルフレッドさんからの申し出はとても嬉しいものだった。

それに辛い料理よりはまだ甘い料理の方が食べられると判断したのだ。


「・・・っ!!!!!」


料理を交換してアルフレッドさんを見ると、アルフレッドさんはもうすでに料理を口に運んでいた。

そうして、一口料理を口に入れた状態で目を見開いて固まってしまった。

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