第5話
アーリアさんは見た目は町娘に見えるのだが、貴族なのだろうか。
教えてもらった名前には名字があった。
そう気づいたのはアーリアさんと離れてしばらく経ってのことだった。
しばらくはこの町で過ごすことになるだろうからと宿を探しているときにふと女神様の言葉が思い出されたのだ。
この世界で名字を持っているのは貴族階級の者だと。
だから、オレにはカナタとしか名乗るなと女神様に言われた。
それはつまり、名字まで名乗ったアーリアさんは貴族階級の娘ということにはならないだろうか。
っていうか、貴族階級の娘が町で一人で行動しているものなのだろうか。
もしかしてオレ、女神様に嘘を教えられた・・・?
この世界に来て初めて会話をした女性がたまたま貴族階級の娘だったという可能性は低いのではないだろうか。
貴族の娘だったら警戒心はそれなりにあるだろうから、見ず知らずの人にそうそう声をかけることはないと思われる。
それに、一人で町を歩いていることも気になる。
貴族の娘だったら誰かしらお付きの者が控えているだろう。
それにアーリアさんに会いたい時にはニャーニャ亭という定食屋に来るようにと言われた。
それはつまり、そのニャーニャー亭という定食屋でアーリアさんが働いているということだろう。
厨房で働いているのか、それとも給仕なのかはわからないけれども。
貴族階級の娘が働いているとはとても思えないしね。
ぐーーーーっ。
そこまで考えたところでオレのお腹が盛大に鳴った。
そういえば、この世界に来てからまだ何も食べていなかった。
腹が減っては戦はできぬというしなにか食べようか。
そう思って周囲を見渡す。
だが、あいにくにも見える範囲に食事をできそうなお店は見当たらなかった。
「すみません。オレ、この町に今日初めて来たんですけど何か食べ物を提供しているお店を知りたいんですけど、お勧めのお店って教えてもらえませんか?」
お腹が空いたと思うと無性に何かが食べたくなってくる。
そこで町を歩く同い年くらいと思われる青年に声をかけてみた。
「ああ。それならニャーニャー亭がお勧めですよ。あそこの料理は当たり外れがないから初めての人でも安心して注文できるよ。」
青年は親切に教えてくれた。
ニャーニャー亭か。
アーリアさんがいる店だな。
さっき別れたばかりですぐに会いに行くようでちょっとだけばつが悪いような気もするけど。
って、ちょっと待て・・・。
「ニャーニャー亭以外は料理に当たり外れがあるのか?」
「ええ。結構ありますね。好みの料理に当たればいいんですが・・・。」
青年はポリポリと頭を掻きながらそう教えてくれた。
ちょっと待て・・・。
この世界の人たちは職業に応じたスキル持ってんじゃないの?
それなのになんで、食堂で出てくる料理に当たり外れがあるのだろうか。
普通に考えておかしくないか?
「ああ、不思議ですよね。仮にもお店で提供しているものに当たり外れがあるなんて・・・。ああ。でも安心してください。どこの店もいっぱん家庭で出てくる料理よりは美味しいんですよ。ただ、ニャーニャー亭以外は、料理人がその日の気分で調理することもあるんですよね。だから、日によって味が違います。でも、決してまずいという訳ではないんですよ。」
「は、はあ。」
お店で出す料理で試作品を作成してるってことだよな・・・?
それってどうなんだろうか。
「甘い料理が好きな人には好まれる料理だったり、辛い料理が好きな人には好まれる料理だったり、酸味のきいた料理が好きな人いは好まれる料理だったり・・・。日によって違うんですよ。」
「・・・。それって商売なりたってるんですか?」
日によって料理の味付けが違うだなんて・・・。
思っていた味と出てきた味が違うと知っていたらそのお店にはいかないだろう。普通。
「ははっ。だから一番繁盛しているのはニャーニャー亭なんですけどね。でも、他のお店にもファンはいますよ。自分好みの味付けの料理にあたった日には、本当に幸せな気分になりますからね。だから、その幸せな気分を味わうためにも毎日通うファンもいるんですよ。」
「な、なるほど・・・。」
青年はにこやかに笑いながら教えてくれた。
どうやら宝くじに当たったような気分を味わえるようだ。
まあ、宝くじほど確率は低くはないだろうけど。
「だからね、常連になるとそのお店の他の常連たちと一緒に食べに行くんですよ。一品頼んでみて、味を確認して、その味を好む常連にその料理を渡して、自分は別のお店に向かうって人も多いんですよ。」
「なるほど・・・。自分の好きなものだけ食べれるってことですね。」
「そういうことです。でも、初めてでそれだと気が重いでしょ?この辺に住んでいる人はみんな慣れちゃいましたけどね。だから、この町に初めてきた人にはニャーニャー亭を進めているんです。」
「そうだったんですね。」
うん。料理人の適性がある人が作るわけだから、まずい料理ではないということか。
まずくはないけど、味付けがその日その日で変わったりするから、初めての人にはなかなか勧められないということか。
でも、それぞれの料理をメニュー化してしまえば解決するんじゃないかなとも思うんだけどなぁ。
味付けも選べるようにしてさ。
「味付けを選べるようにしたら皆さん毎日でもそこで食べるようになるんじゃないんでしょうか?」
そう思ったので聞いてみる。
だけれども、青年は肩をすくめて苦笑いをした。
「それができればいいんだけどね。皆、職人気質な人たちばかりだから・・・気難しいんだよね。機嫌をそこねて作ってもらえなくなってしまったら、二度とその料理人が作る料理が食べられないわけだろう?その方が僕たちには辛いことだから。日によって味付けが違うことくらい許容範囲だよ。」
「そ、そうなんですね・・・。」
料理人は調理の適性も持っているけれども、職人気質な人が多いのか。これも持って生まれた適性になるのかな?
でも、その料理の味の虜になっている人がいるから、職業としてやっていけている・・・ようだから、まあ、いいのかな?
でも・・・ちょっと気になるかも。
自分好みの味に当たればとっても美味しいってことだよね?
また、食べたいと思うほどに美味しいってことだよね?
さっき別れたばかりのアーリアさんのニャーニャー亭に行くのはちょっとばかり気まずいし、ここは他の食堂さんに行ってみようかな。
「あの、親切に教えてもらっててなんですけど、ちょっとニャーニャー亭以外のところが気になってしまいまして・・。ニャーニャー亭以外のお勧めの食堂を教えてもらえますか?」
「おっ!君はずいぶんチャレンジャーなんだね。いいよ。僕がいつも行く食堂に案内しようか。ちょうど僕も食べに行くところだったしね。」
「よろしくお願いします。」
青年はにっこりと笑ってそう提案してきた。
一緒に食べに行ってくれるのなら一人で食べるよりも心強い。
それが知らないお店ならなおのことだ。
どんな料理が出てくるのかもわからないのだから。
「オレはカナタって言います。」
「カナタさんですか。珍しい名前ですね。僕はアルフレッドと言います。」
青年はアルフレッドと名乗った。
しかし、なんだかとても人懐っこい笑顔で初めて会ったような気がしないんだよなぁ。
すっごく話しやすいし。
「僕はそのうち役者になるんです。役者の卵なんですよ。」
「そうなんですね。納得しました。」
「え?納得?」
アルフレッドさんはオレの言葉に驚いたのか目を丸く見開いた。
「ええ。とっても魅力的な笑顔だったので。人々を魅了するような笑顔でした。それに、安心するような笑みで・・・。」
「そ、そうですか。そう言われると照れますね・・・。」
アルフレッドさんはそう言って照れたように微笑んだ。
ほんとにこの人、ひとつひとつの動作が目を引くなぁ。
これも、役者の卵っていう職業の適性によるものなのだろうか。
って、あれ?
女神様の話では職業は後から変えられないって言ってたよな。
アルフレッドさんは役者の卵だって言ってたけど、このまま死ぬまでずっと役者の卵なのだろうか。
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