第3話

「して、職業は決まったかの?」


「ちょ、ちょっと待ってください。」


女神様が急かしてくる。


しかし、職業は大切だ。いかに楽な仕事を選択するか。それとも食べるのに困らない職業を選択すべきか。

いくら楽でも仕事量に対しての対価が少なければ生活ができないし。

飢饉とかがあれば国の役職者についた方がいいだろうか。それとも自分で食料を栽培できるように農業を選択するか。


などなど考えることは多い。

そんなにすぐに決められるようなものでもないだろう。

それに、もしオレに恋人ができたりなんてしたら、オレが作成したアクセサリーとかプレゼントしてみたいなぁ。あ、でもオレが作った料理を食べてもらうのもいいかも。

ああ。でも、恋人ができなかったりしたら目も当てられないから、女性にモテるような職業についた方がいいのか?


ん?


あれ?女性にモテる職業ってなんだ?

ホストか?アイドルか?公務員か?

う~ん。わからない。


恋人がいたことがないオレには全くわからない。わかっているのはプログラマーは忙しすぎて女性と出会う場がないということだけだ。


「・・・早く決めるのじゃ。時間がないのじゃ。」


「いや、だって。ほら、職業って大事じゃん?下手な職業を選択して人生ハードモードに突入してしまいましたっ!ってなったら嫌だし。できれば楽な仕事して有意義に過ごしたいし。でもやっぱり、異世界でこれから過ごすんだし、彼女とか可愛い奥さんとか欲しいじゃん。そうすると、女性にモテるような職業についた方がいいかなとも思うし。そう考えると職業の選択って人生がかかってるからなかなか決められなくて。」


「・・・お主、意外と現実主義者なんじゃな。」


女神様はそう言って「はぁ・・・。」と大きなため息をついた。


意外と現実主義者って・・・。現実主義者の何が悪いというのだろうか。

楽に生きていくためにはある程度現実というものを知る必要があるだろう。


「まあ、よい。ならゆっくり決めるとよいのじゃ。5分あればいいかの?」


「えっ!?5分!?短すぎます!!最低でも一週間は時間をくださいっ!」


「一週間!?お主が何を言っているのか妾にはわからぬ。そんなに時間があるわけがなかろう。」


「そんな・・・。一週間でも短いくらいなのに・・・。」


「お主・・・さては優柔不断かの?」


「なっ!?心配性って言ってください!」


これからの人生を決めるのに5分はあまりにも短すぎる。

女神様にそう伝えると面倒くさそうな視線がオレに向けられた。


「お主の魂は今、身体を無くして不安定な状態なのじゃ。一週間も経てばお主に身体を作ってやることができなくなるのじゃ。それでなくとも時間が経てば時間が経つほど、不完全な者となってしまうのじゃ。決定は早ければ早いほうがいいのじゃ。5分じゃ足りぬのなら10分でどうじゃ?」


「10分!?」


オレの魂が不安定な状態だというけれどもオレにはそんな実感はまるっきりない。

そのため、考える時間が10分しかないというのはかなり短い時間だと思った。


だって、これからの人生が決まってくる大事な選択なんだぞ。


「ほれ、あと9分じゃ。」


「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくださいってばっ!!」


そうこうしている間にも時間はどんどんすぎていく。


医者か・・・?

医者になれば高収入が期待できるかな?

あーでも、オレ血を見るのが苦手だな・・・。

血を見たら卒倒する自信がある。

いやでも、適性が付与されるってことだから血を見ても卒倒しないようになるんかな。

でもそれってオレの性格が変わってしまうということなのだろうか。

う~ん。


なかなかまとまらない考えにオレはだんだんと焦ってくる。


「ほれほれ、早く決めぬか。あと、3分じゃ。」


「えっ!?もうそんなに!?」


「異世界に転移したらなりたかった職業とかなかったのかえ?異世界転移は世の全ての若者の夢じゃと聞いたことがあるのじゃが?」


「なっ!?そんなこと聞いたことありません!なんですか、その偏った知識は・・・。」


「違うのかの?」


「違いますよ!」


「違うのか・・・。まあ、前にいた世界でつきたかった職業はないのかの?」


前にいた世界でつきたかった職業・・・?

オレ・・・何の職業につきたかったんだ・・・?

あれ?おかしいな。思い出せない。

オレはいったい日本で何の職業につきたかったんだ・・・?

あれ?オレはいったい何の職業についていたんだっけ・・・?

あれ?思い出せない・・・。


「・・・思い出せない。」


「ふむ。時間が経ったゆえじゃな。ここでの時間が経てば経つほど前の世界の記憶が薄れていくのじゃ。ゆえに不完全なものになりやすい。わかったのなら、早く職業を決めることじゃな。ほれ、あと1分じゃ・・・。」


「1分っ!?もう、時間がないじゃないか・・・。」


後1分で決めなければいけないだなんて・・・。

職業っていったっていっぱいあるんだぞ。

それに異世界にどんな職業があるかだってわかっていないし。

よく小説とかを読んでいると魔術師がでてきたりするけど、魔術師という職業とかあるのかな?

あーでも、魔術師になったら戦争にかり出されたりするのだろうか。それは嫌だな。

じゃあ、無難に薬師・・・?

よく異世界ものではやっていたような気がするけど。


「時間じゃ。決まったかの?」


考えがまとまらないうちにとうとう約束の時間になってしまったようだ。


「あの・・・なりたい職業がたくさんあって。それにこれから行く異世界がどんな場所かわからないので、どんな職業が最適なのか判断できなくて・・・。」


もうちょっとだけ選択する時間をくれないかなぁ~。

なんて思いながら女神様に返答する。


「ふむ。よし、わかったのじゃ。お主は今日から職業無職とするのじゃ。」


「へ?」


「そうと決まればお主を転移させるからのぅ。準備はいいかえ?」


女神様はそう言った。


って、無職ってなに!?

職業につかないってこと!?

ちょっとさすがにそれはないんじゃないのっ!?


「ま、待ってくださいっ!職業無職ってなんですかっ!?なんなんですかっ!?」


「無職は無職じゃ。」


「て、適性は!?」


「適性はないのじゃ。」


「はあ!?それって一番ハードモードな人生じゃ・・・。」


適性がないとかなにそれ。

ものすごくハードモード過ぎじゃないだろうか。

しかも無職って収入源とかどうなるんだろ。

生活できないじゃないか。


「心配するでない。無職はのぉ、好きなだけ適性を取得することができるのじゃ。今は職業が決められないのであろう?無職ならなりたければ好きな仕事につくことができる。また他の職業に就いている者に師事すればその職業の適性が後から付与されるのじゃ。やりようによっては複数の職業の適性を得ることができるのじゃ。いわば最強の職業なのじゃ。」


「人に教われば適性が付与される・・・?無職以外の人は後から適性が付与されることはないのでしょうか?」


「あり得ぬな。無職だけの特典じゃ。」


そう言って女神様はにっこりと微笑んだ。

なんだか、無職でもいいような気がしてきた。

人に教われば適性が後から付与されるんだろ?

それって自分のやりたいことができたときに、人に教えてもらえば適性が付与されるってことだろう?

それならば、異世界に行ってから職業を選択できるってことだよな?

そうなんだよな?

でも、後から職業を変更することはできないってどういうことなんだろうか?

適性が付与されただけじゃ仕事につけないってことか・・・?

なんだろう。よくわからないや。


「無職は特別な職業なのじゃ。お主が今から行く世界には無職の者は誰一人としておらぬ。お主だけじゃ。お主だけ特別な存在なのじゃ。」


特別な存在。

そう言われて悪い気はしない。女神様に特別な存在と言われるのはなんだか誇らしいような気分にもなった。

うん。

無職でいいかも。

後付けで適性は付与されるし、そうすれば仕事にも困ることがないだろう。

いいかもしんない。うん。無職、いいかもしんない。


「無職でいいです。」


「うむ。嫌じゃと言ってももう他の職業にはできぬゆえ、それが正解じゃ。」


女神様はそう言って満足気に笑った。

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