第26話 ニンゲンごぶー

「ニンゲンごぶー」

「ニンゲン、ニンゲンごぶー」


 ゴブリンたちが一定の距離を置いて、二人の鎧姿の男を取り囲んでいた。

 彼らはいつでも剣を抜き放てるよう構えてはいるものの、厳しい表情のままお互いに背を預け合っている。

 これだけの数のゴブリンを相手にしたら、いかな剣の使い手といえども只ではすまないだろう。

 魔法で一発ドーンで仕留め切れるのならば話は別だが……。

 

「よおし、えらいぞー。手を出さなかったんだな」

「ごぶー。剣で斬られると痛いごぶー」

「そらそうだけど……」


 人間と見れば構わず襲い掛かるイメージがあったんだよな。先入観とは恐ろしい。

 考えてみれば当然か。

 ゴブリンたちの行動原理は「食糧」「ハラヘッタ」という酷く動物的なものだ。

 彼らは肉食獣と同じで、身の危険を感じるか腹が減って仕方がない時を除き、むやみやたらに襲い掛かりはしない。

 逆に人間の方が、ゴブリンは危険だと認識するあまり彼らに斬りかかる。

 だから、ゴブリンたちも必死で反撃するってわけか。

 

 ちなみに「ゴゲエエ」と鳴くニワトリは、見境なく襲い掛かる。

 ここに連れて帰ってきた時、ゴブリンを狙っていたからな。すぐにスレイプニルが言い聞かせて事なきを得たけど……。

 ニワトリの癖に肉食だなんて、水に浮かぶことといいよく分からない生物だ。

 

 それにしても人間か。

 この辺りは魔境だったってのに、一体どうしたんだろう?

 間違って迷い込むような場所ではないはず。

 

 ん、んん。

 よく見てみると、この二人見たことがある人物だ。

 他人の空似の線もあるにはあるが、可能性は極めて低い。現代日本と比べたら極めて人口が少ないからな。

 早々、似たような人物になんて会うことは無い。

 

「寄ってくれ。彼らと話がしたい」

「ごぶー」


 素直に道を開けてくれるゴブリンたち。


「お、お前は。いや、他人の空似か」

「あ、やっぱり。俺の縄を解いてくれた……」

「ヨハンネスだ」

 

 確か娘さんがいたって人だ。俺を連れて行く時の兵士たちの会話が聞こえてきて、彼に娘がいることが分かったんだよね。

 まだ若い青年に見えるけど、所帯持ちだなんてうらやまけしからんものだ。

 てことは、もう一人の年長の男はあの時兵士達を率いていた隊長さんかな。

 

 二人の視線は俺の角に集中している。

 うんうん。気持ちは分かるよ。俺を連行した時、角なんて生えてなかったものな。

 俺だって取れるものならこの角をすぽーんと取りたいんだけど、生憎、頭蓋骨から伸びているみたいでビクともしない。

 

「角のことは気にしないでくれ。なんかよく分からないけど、生き残ってここでゴブリンたちと暮らしている」

「まさか生きているとは思わなかった。だが、よくぞ生きていてくれた! よくぞ……」


 年長の男が変わり果てた俺の姿に気味悪がることもなく、感極まったようにうつむいてしまった。

 自分が処刑同然に送り出されることから、他人のことを想う余裕なんてなかったけど……死刑執行人には死刑執行人なりの苦悩ってのがあるものだよな。

 不本意だっただろう。あの領主のことだ。彼らに「命令」だとか言って無理やり実行役にさせたと推測できる。


「二人だけで、こんなところに何用だ? まさか俺の死体を探しに来たわけじゃないよな」

「急に魔境が晴れ上がったのだ。そして、天にも届く塔が突如出現した。あの強欲な領主が放っておくわけなかろう?」

「そう言う事か。俺は領主のことはよくわからんからなあ……」


 俺のことを追放と称して処刑してしまおうとしたことは、俺にとって許容し難いことであることは確かだ。

 だけど、街の経済や治安を考慮すると、行き過ぎだとは思うけど分からなくもない。

 幸い、優しい人たちが多くてこんな俺でも物々交換してくれたり、道具を譲ってくれたりしたものだった。

 魔力吸収体質というのは、現代日本にたとえると「家電が全く動かなくなる」ことに近い。

 俺が近くにいると魔道具が全て作動せず、魔法も発動しなくなる。だいたい、半径15メートルくらいが一瞬にして魔力無し地帯になってしまうのだ!

 それでも接してくれた人たちには今でも感謝してもしきれない。

 

「特に犯罪を犯したわけでもない善良な領民であったお前を処刑に向かわせた。魔境に恐れる領民たちのスケープゴートとしてだ。許されることではない」

「ま、まあそうだけど……」

「その片棒を担いだ我らも同罪だ」

「それはまた別の話じゃないか。従わざるを得ない状況なんだろ? じゃなきゃ、元魔境だったこの地に二人っきりで来るなんてことはあり得ないだろ」

  

 俺を連行したことはともかくとして、二人きりで魔境の様子が変わったから調査に行くなんてことは通常考えられないんじゃないか?

 元々超危険地帯と噂されていた魔境が、晴れ上がった? からと言って一日やそこらで安全になっているなんて考える者はいない。

 たった二人で行けということは、死をも厭わず踏み込めってことだからな。

 ……領主の人物像について、考えを改める必要がある。

 領主はなんだかんだ言って、領民を護り、街の発展を願っていると思っていた。だけど、兵士に無理強いさせてでも、利益をむしり取ろうとする人物だったのだ。


「領主は中央にも顔が利く。溜め込んだ資金で我らを含む軍団を二つ維持しているのだ。軍団が裏切らぬようお互いに監視させてな」

「う、うーん。理不尽な命令にまで『はいそうですか』と従うものなのか?」

「我らの家族が言わば人質みたいなものだのだよ。領主はそれ専用の人材も雇い入れている。奴らは金のためなら何でもやる」

「もし、領主を追い出したとしたら、街はどうなる?」

「恐らく、中央は低級貴族の領主を護ることはないだろう。中央が欲しいのは税だけだ。税さえ収めていれば領主がすげ変わろうが何も言うまい」


 ふむふむ。

 中央は中央で相当ドライだな。税金を納めないと締め上げてきそうだけど、今はそのドライさがプラスになる。

 

「よおし。ならば」


 どこから噂が漏れるか分からないからな。

 二人の耳元で囁くように告げる。

 すると二人は即座に首を左右に振った。

 

「無理だ。クーデターなど」

「だああ。言っちゃったらダメじゃないか」

「問題ない。ここには我らとゴブリン以外おらぬではないか。ゴブリンはお前と共に過ごしておるのだろう?」

「そうだけど。まあ彼らが他の人間に何かを伝えたりすることはないかな」


 今更ながらに、二人がゴブリンに囲まれたままだったことに気が付く。

 二人とも相当な胆力だよな。俺がいるから安心している? いや、そうじゃないな。

 既に達観しているんだ。俺が魔境に飛び込む前の心境に似ている。

 そのおかげで、まともに話ができているのだから、何が幸いとなるか世の中分からないもんだよ。

 

「思い付きだけど、作戦がある」

「ほう。聞くだけ聞こう」

「出でよ」


 二人の後ろに椅子を出し、自分の分も用意する。


「長くなるかもしれない。立ち話もなんだし、座ってくれ」

「な、な……お前、魔法は使えなかったのでは……」

「その辺も含めて、じっくりと話し合おうぜ」

「わ、分かった」


 驚く二人だったが、椅子をまじまじと見つめた後、座ってくれた。

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