第27話 記憶

「分かった。やってみる価値はありそうだな!」

「人的被害を出さずに済むかどうか、だなあ」


力強く言葉を返す年長の男に対し、煮え切らない俺は首を捻りつつ応じる。

作戦を決行するのは大歓迎なんだけど、街の人が怪我したりするのはいただけない。

それに、彼らは……。

俺の気持ちを察したかのように、二人はニヤリとした笑みを浮かべた。


「憂慮するのはよいが、兵士の損害まで考慮せずともよい。兵にとっては成功こそが本望だからな」

「無理そうなら即中止で」


 これをもって二人の兵士との話し合いこと、作戦会議が終了する。

 立ち上がった彼らと順に握手を交わし、最後に再度場所の確認を行った。


 ◇◇◇


 二人と別れ、農作業に励んでいるとすぐに日が暮れる。

 「作戦の準備」は明日の狩りが終わってからだな。食糧確保は欠かすことができないのだ。ゴブリンたちにとってはもちろんのこと、俺にとっても最重要事項であることは変わりない。

 何事も食あってこそだ。

 それなら日が暮れるまで農作業をせずにすぐに「作戦の準備」を行う目的地に向かえばいいんじゃないかって思うかもしれない。

 元魔境の領域から離脱すると、彼らを監視している者もいるかもしれないだろ? そんなわけで、念には念をってことで翌日にしたわけだ。。

 使い潰す予定の者に監視をするなんてことは、可能性が低いかもしれない。

 だけど、監視ついでに遠目からでも魔境にどんな変化があったのか観察することだってできる。それだけでも、領主にとっては有益な情報になるかもしれない。。

 なので、誰も監視していないという線は捨てきれなかった。


 テントに入りゴロリと寝転ぶと、枕元にスレイプニルがやってきて丸まる。彼に寝そべるようにしてルルーが横になった。

 ラウラは今日も今日とて、俺の隣で添い寝している。

 いつの間にかこの態勢で寝るようになっていた。

 誤解なきよう言っておくが、ラウラとは元々別々のテントで寝泊りするつもりだったんだぞ。現に今でも彼女用のテントを設置したままである。

 一応、俺のテントの中だけど、スレイプニルとルルー用のクッションも準備していた。

 しかし、それにもかかわらずこういう態勢になってしまったのだ。

 決してやましいことから、一緒に寝ることになったわけじゃあない。ちゃんとした止むに止まれぬ事情があるのだ!


「どうしたの?」


 つい、拳をギュッと突き出してしまった俺に向け、隣で寝そべるラウラがきょとんとなって問いかけてくる。


「ん、いや。作戦のことは伝えたっけ?」

「うん。うまくいくといいね!」

「だなあ。強欲だと聞くから成功率は決して低くないと思うのだけどね」

「お金かあ。リヒトはお金好き?」

「んー、今となってはどうでもいいな。衣食住を整えるためにお金は必要だ。娯楽にも」

「リヒトが全部やってくれるものね」

「そんなことはないさ。ルルー……はともかくラウラもスレイプニルもニワトリやゴブリンだって、みんながみんな協力して頑張って食べていけている」

「ゴブリンさんたちは働き者だよね。私も見習わないと!」


 寝転んだままギュッと顎元で拳を握るラウラの仕草が子供っぽいながらも、可愛く思った。

 じっーっと微笑ましく見守っていたら、彼女はまつげを揺らし耳をペタンとさせる。


「リヒト。ごめんね。ゆっくり寝られなくて」

「そんなことは無いって」


 何だそんなことで暗い顔をしていたのか。気にしてなんかいないって何度も言っているのに。

 だけど彼女は俺と目を合わせぬまま、ぼそぼそっと呟くように問いかけてきた。


「私、まだ夜中に起きちゃってる?」

「時間は短くなった。悲しい記憶は嬉しい記憶をいっぱい作って端っこに追いやるしかないさ。ここに来た頃より、よくなってるよ」

「うん……」


 ごめん、俺は嘘をついている。

 彼女のために隠しておく方がいいのか、正直に言った方がいいのか迷いどころだ。

 彼女がここで暮らし始めた初日の夜は酷いものだった。初日は別々のテントで寝ていたのだけど、突然叫び声が聞こえて何事かと飛び起きたんだ。

 森の中で恐ろしい体験をしたのか、眠っている時に記憶がフラッシュバックしているようだった。

 仕方ないので、一旦彼女を無理やり目覚めさせて髪を撫でながら再び寝かせたんだ。

 それでようやく彼女が落ち着いたので、翌日から一緒に寝ることにしたというわけ。

 ところが、鬼族と会ってから彼女の様子が再び不安定になってきている。

 日中もたまに考え込むようにぼーっとしていることもあるし、心配だったので何か思うところがあるのか聞こう聞こうと思っていた。


 元々今晩聞こうと思っていたし、会話が途切れたこのタイミングが丁度いいだろう。

 彼女に語り掛けようとしたら、先に彼女から口を開く。

 

「私、怖いの……」


 フルフルと指先を震わせ唇をぎゅっと結ぶラウラ。


「大丈夫だって。さっきも言っただろ」


 彼女の頭にそっと手をやると、彼女は俺の手を自分の胸元に手繰り寄せ、両手を俺の手に添える。


「おかしいなとは思っていたの。ゴブリンさんたちもリヒトも、『秋が深まってきている』って言ってたよね」

「うん。大丈夫だって。収穫に間に合うよ」

「そこは心配していないわ。そうじゃないの。私が覚えている最後の記憶は、『早春』だったの」

「気温が似ているから勘違いじゃ?」

「絶対そんなことはないわ。雪が解けて、湧き水が溢れ出し、私は採集に出かけたの」

「その後、記憶が?」

「うん。黒い雲が見えたと思ったら、視界が真っ暗になっちゃって……それで、気が付いたら美味しそうな匂いがしたの」

「俺と出会った時か」


 ラウラがコクリと頷く。

 目に涙をため、今にも声を出してしまいそうな悲し気な顔のまま。

 あまりの恐怖に記憶が飛ぶということを聞いたことがある。彼女もそうなのだろうか?

 でも、彼女の記憶が正しいとすれば、半年近くも記憶が飛んだことになる。

 いくらなんでも、思い出したくない記憶としては長すぎるよな。

 となると別の要因か。黒い雲って魔素のことで間違いない。

 魔素に囚われた人ってどうなってしまうんだろう? 

 街の人の見解では、魔素の毒素にやられて即死するとか何とか。俺もその覚悟でここにやってきたわけだけど……。

 

「鬼族の人たちが言っていたよね。黒銀の悪魔って。私そっくりだって」

「ラウラじゃないって彼らも言っていたじゃないか」

「あれ、私なんじゃないかな。半年間、記憶がないの。その間の私は、どうやって生きていたんだろうって。高いところから見下ろしても、私の住んでいた村は見えないのよ」

「……距離か」

「半年あれば、見たことのない土地にいたとしても辻褄があうわ」


 まさか、そんな……。

 だが、彼女の推測通りだとしたら全て繋がる。

 この辺りからずーっと西まで広大な範囲が魔素に覆われていた。彼女は魔素の中にいたんだ。

 魔素の毒素とやらにも負けず、生き抜いて。

 生きるためには食べなきゃならないし、彼女の服がナイフがボロボロだったことも彼女の予想をより確かなものとする。


「でも、それが何だってんだよ。記憶を失っても、魔素の中で生き抜いた。そしてここにいる」

「記憶を失っている間に、私は酷いことをしていたのかもしれないの」

「それでも、それでもだよ。俺はラウラが生きていてくれてよかったと思う。俺はラウラが優しい人だってことを知っている。それでいいじゃないか」

「……う、うん。そんなにすぐには割り切れないよ……」

「時間をかけたっていい。鬼族に会って話を聞いてもいい。だけど、俺はラウラがいてくれてよかったと思っている。決して君は要らない人なんかじゃない。それだけは覚えていて欲しい」

「……ありがとう」


 ラウラはぽろぽろと涙を流して俺の胸に顔を埋め、声をあげた。

 彼女の頭と背中を撫で、「大丈夫だから」と繰り返す。

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