第23話 伝説の陰陽師

 岸辺に到着した。

 くぬぎと呼ばれた少年だけじゃなく、いかつい20代前半くらいの青年や30過ぎくらいの筋骨隆々の偉丈夫まで俺たちを待ち構えているではないか。

 椛の様子から、彼らが彼女の仲間であろうことは容易に推測できた。

 さっき彼女が少年の名前を呼んでいたし、少年が呼びに行ったのがこの二人ってわけだ。

 少年も男二人も額から椛と同じような角が生えていて、髪色も同じく血のような赤色だった。

 

 椛を心配する様子の少年はともかくとして、控える二人は警戒心をあらわにして俺を厳しい目で見つめている。

 彼女がいるからなのかは不明だが、いきなり攻撃してこないことは幸いだ。会話の余地が残されているのだから。

 

「驚かせちゃってごめん」

「う、ううん。理人は魔獣使いなの? それとも、大妖術使いか何か?」


 椛にボートから降りるよう目で促す。

 しかし、彼女はその場から動かず真っ直ぐに俺を見つめ真剣な顔で尋ねてきた。


「ん。どっちでもないんだけど」

「ひょっとして、伝説の陰陽師?」

「それも違う……」

「だって、その角。そんな立派な角がある人を見たことが無いわ」


 角か。そう言えば俺にも邪魔な角が生えていたんだった。

 事あるごとに邪魔なんだよな。この角。シャツを着る時とか頭を洗う時とか。寝る時も引っかかってうざったいし。


『何を言うかもきゃー。こいつはこれでも一応「大魔王」もきゃ!』


 だあああ。やっぱり連れてくるんじゃなかった。

 不意をつくようにルルーが割って入ってくる。

 

「そなた。魔族か」


 年長の方の男が驚いた様子で口を挟む。


「え、いや。俺は敵対しようとか、襲い掛かろうとかそんなつもりは毛頭ないんだ」

「魔族のことは族長から聞いたことがある。遥か東に住む平和的な種族だと言う。その名の通り、妖術……魔法に長けた種族だとも」


 お、おお。この勘違いを利用させてもらうとしよう。

 平和的な種族という認識を持ってくれているのなら、うまくこの場を乗り切れそうだから。


「そ、そんな感じかな。あのニワトリ……魔獣はペットなんだ。それで、椛さんの服とかも魔法で編んだのさ」

「なるほどな。我らの知らぬ妖術である魔法ならば、不可思議な現象が起こってもそういうものだと思うしかない」

「椛さんを驚かせるつもりはなかった。信じてくれと言っても疑わしいとは思うけど」

「面白い御仁だな。信用ならぬ者は『疑わしい』など。口を裂けても言わぬぞ」

「は、はは……」


 墓穴を掘ってしまったかもしれない。

 俺の予想に反し、男は屈託のない笑みを浮かべ、先ほどまでと違いすっと緊迫した糸を切った。

 

「目的があったのだろう? この地に何をしに来られた? 魔族の王よ。王自らとはただ事ではないのだろう」

「畑に植える種が欲しくて、探していた」

「種か。備えはあるが。そなたらは畑を持たぬのか?」


 う、ううん。

 このままのらりくらりと彼らを騙して植物の種を交換してもらうことはできるかもしれない。

 だけど、それでいいのか? 彼らの善意をだまし取るなんて、あの領主と同じ道を歩んでいないと言い切れるのだろうか。

 

 ガバッと両手をつき、頭を下げる。

 

「ごめん。俺、東から来たんじゃない。西から来たんだ。それに、魔族なんて会ったこともない」

「ほう? 本当に面白い御仁だ。言わなければ分からぬものを」

「でも、植物の種が欲しいというのは本当だ」

「そなたの心意義に感服した。あれほどの怪鳥を従え、不可思議な術まで使うというのに力ではなく言葉で請願する」


 男は腰から小さな袋を出し、こちらに向け放り投げる。

 パシっと手の中に納まった小袋を開いてみたら、茶色い種が詰まっていた。

 

はやぶささん。勝手に種を与えて、族長が何というか」


 青年が年長の男――隼を窘めるが、彼は細い糸のような目を更に細めて顎を左右に振る。


「彼はやろうと思えば我らと一戦交えてでも奪い取ることができたのだ。それほどの実力を備えていることくらい、蜻蛉かげろうなら分からぬはずは無いだろうに」

「いえ、隼さんが種を出さなければ、あやつがむやみやたらに襲い掛かってくることも無かったのでは? ならば、わざわざ渡さぬとも」

「そうだな。そうであった。だが、いいではないか。ははは」


 うわあ。種をもらったのはとても嬉しいけど、彼が追放でもされてしまったら心苦しい。

 彼の態度からして、こっぴどく叱られる程度なのだと予想するけど。

 でも、そもそも俺は無償で種を頂こうなどと考えてはいない。

 椛と接触し、彼女をここまで送り届けたのも交渉するためだった。

 後だしにはなるが……。

 

「道具や武器とこの種を交換ってことにしてくれないか?」

「これまた。本当に愉快な御仁だ。どうする? 蜻蛉。かの御仁はこのようなことを言っておるが」

「ならば、刀でも頂けばよろしかろう?」


 呆れたように額に手を当てる蜻蛉と呼ばれた青年に、カカカと愉快そうに笑う隼。

 刀か。そう言えば、裸だった椛はともかくとして、彼らが纏っている衣装は袴に近い。

 そうか。何だか懐かしい気がしたのは、髪の毛の色こそ赤色だったけど、彼らの化粧や衣類は和風に近いからだったのか。


 よおし、刀だな。

 

「出でよ」


 ズシンと鞘に収まった身の丈ほどの長さがある刀が蜻蛉の足元に落ちる。

 

「へ……」

「こいつは、驚いた。服だけではなく刀まで出すとは。恐れ入った、理人殿」

 

 素っ頓狂な声をあげる蜻蛉に対し、参ったという風に額に手を当てた隼は鞘に収まった刀に手を伸ばす。

 刀を拾い上げ鞘から抜き放ち、じーっと刀身を見つめる彼から「ほう」という声が漏れた。

 

「あれ、俺の名前を?」

「鬼族は耳が良いのだよ。理人殿。魔族はそうではないのかな? お、魔族じゃあなかったのだったか?」

「うん。俺の耳はそこまでよくない。ラウラなら聞こえているのかもしれないけど」

「ふむ。連れの御仁か」

「見えているのか?」


 トサカに隠れたまま出てこなかったラウラの姿が見られているとは思えないんだけど、彼は気が付いている様子だ。

 

「気配が二つ。あの怪鳥にくっついておる。双方共に只者ではない。これほどの気配、すぐに気が付く」

「後で紹介するよ。その刀で種のお代になるかな?」

「見事な刀だ。種は確かに我ら鬼族にとっても貴重ではあるが、刀もまた同じ。やや種の方が安価にはなるが、理人殿が良しとするならば有難く受け取らせてもらう」

「ありがとう。こちらこそ助かる」


 へえ。角が生えている種族だから鬼族なのか。

 こんなところに和風な種族が住んでいたなんてなあ。世の中何があるか分からない。

 遥か東に魔族とやらも住んでいるってことだし、近く探しに行ってみようかな。


 和やかな雰囲気で交渉を終えたホッとしていたのだけど、スレイプニルとラウラを紹介しようとした時、空気が一変する。

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