第21話 ぴかぴか

 滝の下は小さな池になっていて、そこから恐らく小川が流れている。

 環境的なものなのか、池の周囲は木々が無く広場になっているように見えた。

 人工的に木々が切り倒されて整備されたのか、と言われると首を捻ってしまうけどさ。

 

「ラウラ。何か目ぼしいものは見つけた?」

「村がないか、探すんだよね?」

「うん。俺は滝を見つけたくらいだなあ」

「山と大きな木が密集しているから、難しいね」

「そうなんだよな。密集しているから……あ、そうか」


 気が付いたのは同時だった。

 考えてみれば当たり前のことで、すぐに分かることだったのに。


「密集していないところに目ぼしをつけたらいいんだ!」

「開けた所を探せばいいのね!」


 ラウラと目を合わせ頷き合う。

 喜色をあげる俺たちにもきゃーが水を差す。

 

『ピカピカにするもきゃ』

「ま、まだ禿げてなんていないからな!」


 こ、こいつ繊細な俺の頭皮に何てこと言うんだ。

 俺はまだまだぴちぴちの二十代だぞ。頭皮の悩みとは無縁だ。今のところは。

 いやいや、これからも、だ。

 

 頭に手をやり、じとーっとルルーを睨む俺に対し彼は鼻をヒクヒクさせて言葉を続ける。

 

『誰がオマエの頭髪の話をしたもきゃ。ピカピカもきゃ』

「え、ええと。光らせろってこと?」

『ピカピカさせるもきゃ。雷魔法でも憎き光魔法でも何でもいいもきゃ! ブレスを吐いてもいいもきゃ?』

「吐けるわけないだろ!」


 いつの間にか生えた角からビリビリと電撃を発射したり、はできないな。

 創造スキルを得たとはいえ、俺が魔法を使えるようになったわけじゃあない。魔法を使うには呪文の習得が必要なんだ。

 魔力を吸収してしまう体質の俺は、これまで呪文を学ぶ機会なんてなかった。そらまあ、学んだとしても絶対に発動しないし、一緒に学ぶ人がいたら邪魔をしてしまうから仕方ない。

 

「そうだ」


 ポンと手を叩き、にやりと口元をあげる。

 でも、その前に。

 

「一応聞いておくけど、ルルーもスレイプニルもブレスを使うことはできないよな?」

『もきゃ』

「にゃーん」


 二匹は揃って首を横に振る。

 ひょっとしたらスレイプニルならと思ったけど、やっぱりダメらしい。

 ルルー? 彼にはハナから期待していない。言わせるな恥ずかしい。

 

「わ、私もちょっと無理かな……」

「吐けたら逆に驚きで倒れると思う……」

 

 銀色の獣耳をペタンとして首を傾げられても困る。

 獣人や人間がブレスを吐いたら怖いって。ガソリンを口に含んで火を噴くならできるかもしれないけど、ピカピカしないからダメだ。

 そもそもガソリンがないし! あったとしてもやらないよ!

 

「ブレスから離れよう。な、みんな。俺はこれを使う。出でよ」

「鏡?」


 ラウラが一瞬にして目の前に現れた姿鏡を覗き込む。両膝に手を当てて前かがみになった彼女の鏡に映った姿にくすりときてしまった。

 だって、とても真剣な顔で細い眉を寄せて目を細めているのだもの。

 

「動かすよ」


 ラウラの頭越しに手を伸ばし、鏡の角度を調整する。

 鏡が太陽の光を反射し、小刻みに角度を変えていく。

 これでいいのかな。ルルーの言うように光の反射する位置が変わるから、ピカピカして見えるはず。


『ピカピカもきゃ』


 どうやらこれでいいようだ。ルルーはむんと腕を組みピンク色の鼻をヒクヒクさせて得意気だった。

 いや、俺がやったんだけど……まあいいや。彼の提案だし、彼の思うようにいけばいいのだけど。

 信号か何かかな? 村人……が生き残っていたとしたら反応を返してくれるとか?

 

 五分ほどピカピカさせていただろうか。

 ばっさばっさと遠くに白い何かが飛ぶ姿が見えた。

 鳥かな?

 お、あれは、え?

 

「ニワトリ?」


 赤いトサカに白い羽毛。

 ニワトリが空を飛んでいるじゃないか。


「え、ええええ!」

 

 ちょ、ちょっと。俺の遠近感が狂ってしまったのか?

 ニワトリの姿がどんどん大きくなってきているじゃないか!

 

『ゴケエエエエエ!』


 な、なんて汚え鳴き声なんだ。やったら大きいし、そらラウラの獣耳もペタンとなるわ……。

 し、しかし。このまま放置していてはまずい。

 ニワトリがこちらに向かって来ている。目測で全長……凡そ7メートル。冗談みたいな大きさだ。

 

『捕獲するもきゃー』

「え、あれを……むしろおいしそうなんだけど」

『もきゃー!』

「分かった分かった」


 生け捕りにして、締めて食べてもいいだろ。

 巨大ニワトリとこちらの距離が10メートルくらいに迫った時、ふわさと捕獲網がニワトリの上から覆いかぶさる。

 ニワトリはジタバタと翼をはためかせるが、飛ぶことが叶わず落下し始めた。

 このまま落ちると、確実に首の骨が折れてしまう。

 

「出でよ」


 ニワトリの衝撃を和らげるようなクッション性のある素材を最上部に設置した柱が出現し、受け止める。

 落下距離はだいたい3メートルってところかな。ニワトリが元気よく網の中でもがいていることから、大きな怪我はなさそうだ。

 

「捕まえたものの……」

『ゴゲエエエエ』


 ニワトリが思いっきり叫ぶ。


「うるせええ! やっぱり、解体だ。解体しよう」

『待つもきゃー』


 ボキボキと指先を鳴らし、槍を頭の中で想像したところでルルーが待ったをかける。

 

「言葉も通じないし、ダメだろこれ」

『任せろもきゃ』


 どんと小さな手で胸を叩き、スレイプニルにまたがるルルー。

 彼は猫の上でむんと胸を張り、ニワトリに向けて堂々たる仕草で語りかけた。


『もきゃもきゃー、もっきゃー』

『ゴゲエエエ!』


 ちょ。膝から力が抜けそうになった。

 ゴゲエは変わってないぞ……。

 ところが――。

 

「にゃーん」

『ゴゲ……』

『分かればいいもきゃ』


 スレイプニルの活躍により、急にニワトリがしおらしくなった!

 

「うまく行ったの……か?」

『もちろんもきゃ。肉を毎日腹いっぱいが条件もきゃ』

「肉か。それなら、うまそうな肉があるじゃないか」

『せっかく説得したもきゃー!』

「冗談だって。こいつの分の肉も狩ればいいだけだろ。乗せてくれるの?」

『もきゃ』


 よっし。そうと決まれば、ニワトリの拘束を解いてやる。

 捕獲網を消し、ニワトリを自由にしてやった。

 奴はといえば、その場から動かず首を下げ乗れと示しているかのようだ。

 

「んじゃま。ニワトリに乗って空の旅といこうか」

「楽しみ!」


 万が一、振り落とされても創造スキルがあれば問題ない。

 さっきニワトリを受け止めたようにクッションと柱を出せばいいだけだから。

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