第20話 保留だ
今日も今日とて朝日が昇る頃に起き、大鍋で炊き出しをした後すぐに狩りに出かける。
そうそう、ゴブリンたちに水回りの使い方を教えたのだけど……水を飲み、はしゃいでいたな。
なんだか、子供たちを相手にしている気になってきた。あいつらって見た目は凶暴だけど、中身はとっても単純で聞き分けも悪くない。
ただし、食糧に関することが最優先される。
『壁はそのままなのかもきゃ』
「よっし。今日もあっさりと肉確保だ」
倒れ伏すイノシシと虎の首を持つ魔獣、馬の体に蛇の頭がついた不気味なモンスターを見下ろし、ふうと息を吐く。
パンパンと手を叩き、こきりと首を回した。
「食べられるのかな、これ……」
「たぶん?」
不安気にまつ毛を震わせるラウラに俺も額にタラリと冷や汗を流しつつ応じる。
一応、肉だし……いけるんじゃない?
道ずがら鹿とかイノシシみたいな動物を見かけたら狩ることにしようか。
『そのままなのかもきゃ?』
肩まで登ってきた小動物が何か言っているが、無視だ無視。聞こえなーい。
痛て。
こいつ、爪でひっかいてきやがった。
「あれは保留だ」
「ごめんね。あれでも精一杯描いたの……」
肩を落とすラウラに「いやいやいや」と大きく首を左右に振る。
彼女の絵は俺の考えている以上に精微なものだった。
だが、被写体が悪すぎる。
これをそのまま、採用するのはちょっと……なんだよね。
未だにカリカリと俺の首筋をひっかくもきゃを指先でコツンと弾く。
『もきゃー!』
「分かった。帰ったらやるから」
『分かればいいもきゃ』
彼女の絵は、フクロモモンガがもきゃーと両手を広げているものだったのだ。
いやさ。もしここにいるのがフクロモモンガじゃなくて狸だったとしたら、採用してもいい。
でも、ルルーそっくりなこの絵を使うのがなあ……。
と思っていたけど、一瞬で描きかえることができるしラウラに新しい絵を描いてもらって差し替えすりゃいいか。
このまま放っておくと、ルルーがうるさいからな。
「ごぶー。ごぶー」
「ごぶぶー」
そうこうしているうちに、ゴブリンの鼻歌が聞こえてきた。
今日も彼らが追いつく前に狩りが完了だ。順調順調。
「んじゃ、あとはゴブリンたちに任せて。俺たちは探索に向かおう」
ズラ―っとトロッコを出し、ゴブリンたちに獲物を引き渡した後、奥地に向かう。
◇◇◇
「うーん。徒歩だと中々進まないな」
ラウラと並んでてくてくと風景を楽しみながら歩くのは悪くない。
時折、野草やキノコを採集しつつのんびりとしたゆったりとした時間が流れていく。
モンスターの姿もなく、肉も同じく見かけなかった。
生活基盤が整ってからなら、こういう時間を過ごしたい。だけど、今はまだその時じゃないんだ。
焦っても仕方ないってわかっているんだけどさ。冬を迎えるまでにいろいろ整えたいんだよな。
「あ、野イチゴがあったよ」
『寄越すもきゃー』
鮮やかな赤色の野イチゴがなる低木の元でしゃがみ込んだラウラが首だけをこちらに向ける。
するとスレイプニルに乗っかったルルーがひょいっと地面に降り立ち、するするっとラウラの肩に乗っかった。
にこにことした彼女は指先で摘んだ野イチゴをルルーのピンク色の口元に寄せる。
野イチゴをはっしと両手で挟み込んだルルーは、そのままもっちゃもっちゃと小さく口を動かした。
果汁が口元から垂れて汚らしい。
おっと。和んでいる場合じゃあない。
創造スキルの柔軟性を活かし、移動手段を確立したいところ……。
木々を薙ぎ倒しながら行くなら大丈夫だけど、せっかくの狩場を荒したくないよなあ。
「うーん」
「どうしたの? さっきからずっと難しい顔をして」
はいっと手の平に乗せた野イチゴを掲げ苦笑するラウラ。
ひょいっと野イチゴを一ついただき、口に含む。
うーん。酸っぱい。だけど、この酸っぱさがリフレッシュによいよい。
『どうしたもきゃ?』
「べったべたになっているぞ。ほれ」
ウェットティッシュを創造し、ルルーの口元を拭いてやる。
しかし、すぐに次の野イチゴを食べ始めてしまったので、無駄に終わった。
こ、この野郎。喋るんじゃなかったのかよ。
『それで、どうしたもきゃ? もっちゃもっちゃ』
「……まあいいやもう。いや、ほら、ノンビリ行くのもいいんだけど、スピードアップもいいかなってな」
食べるのを止めないらしいので、ラウラに聞いてもらいたい意味で俺の想いを説明する。
ところが、先んじたのはルルーだった。
『空飛ぶ魔物を捕獲すればいいもきゃ』
「軽く言ってくれるなあ……倒すより手懐けるのは遥かに難しいんだぞ」
喋ったから果汁が余計飛び散る。ダラダラと口から垂れていて彼の長い毛がベタっと固まっていた……。
それはいいんだが、ラウラが期待の籠った熱視線を俺に向けているじゃあないか。
「捕まえるの?」
ラウラがキラキラした目をして聞いてきた。
う、うーん。
腕を組み、唸る俺の足元に前脚を乗せたスレイプニルが小首をかしげ「にゃーん」と鳴く。
そうか、お前だけが俺の味方ってわけか。
「ラウラ。翼のいっぱい生えた蛇とか、とてもじゃないけど御せるように思えないんだよ。それに、万が一、従ってくれたとしてもあの蛇には乗りたくないな……」
『あれは肉もきゃ。美味もきゃ』
「確かに。淡泊ながらも肉質が柔らかく中々のものだった」
「にゃーん」
スレイプニルも俺とルルーの意見に同意する。
「いい案が思いつかない。ゆっくり行きながら、ところどころで高いところに登ろうか」
「うん」
『不甲斐ない奴もきゃ』
「高いところに登ったら、飛行タイプのモンスターが襲ってくるかもしれないし。ほら、蛇も来ただろ。今日だってモンスターが寄ってきたし」
高いところに登るとやっぱり注目されるみたいで、巨体を誇るモンスターが必ずといっていいほどやって来る。
といってもまだ二日目だから、たまたまかもしれないけどさ。
丁度いい、思いついたが吉というじゃないか。
一時間ちょっと歩いてきたから景色も少しは変わっているだろ。
「出でよ」
足元からぎゅーんと柱が伸び、俺たちを乗せ大木の上まで視界が高くなった。
そして、これだ。
取り出した……いや、作り出したるは望遠鏡。
何度も作っているから、パーツごとに作らなくても想像できるようになったのだ。
経験って大事ね。
「ラウラ」
「いいの?」
「うん。俺の分は今作るから」
「ありがとう」
望遠鏡を握りしめ、ワクワクした様子で覗き込むラウラ。
俺もぐるりと周囲の景色を見渡した後、彼女と同じように望遠鏡を覗き込む。
「お、滝があるな」
切り立った山肌から落ちる滝を発見した。規模はそれほど大きくなくて、この角度だったからちょうど木々の隙間を縫ってみることができたって感じだ。
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