第18話 任せろごぶ

 今日食べる分の獲物は蛇と飛竜の二体で十分足りる。ゴブリンたちがもう少しで到着しそうだったから、この場で待つことにした。

 単に待っていても手持ち無沙汰だったので、ラウラとお肉が見える範囲で探索を行う。

 何か育てることができるような植物があればいいんだけど……自生している植物だと発見したとしても育成は困難かなあ。

 穀物の種は長い年月をかけて少しづつ農業に適するように改良が加えられてきた。

 果物だって同じこと。

 最初は自生したのだろうけど、育てやすいよう、より果実をつけるよう、おいしくなるように選別されてきたわけだ。

 それを一からやるとなると、数年かかってもたいした成果があがらないかもしれない。

 

「んー。そうすぐには見つからないか」

「そうでもないよ。見て」


 ラウラが草をかき分け、指先でちょんと苔むした枯れ木をつつく。

 お、キノコか。シメジでもなくシイタケでもないな。何だろうこれ。

 色はシイタケに似ている。

 

「食用なのかな?」

「うん。煮込むとよい出汁がでるんだよ。この辺りに転がっている太い枝を持って帰ると生えてくるかも」

「おお。試してみよう」


 いそいそと二人揃って枯れ木を集めていたら、俺もキノコが生えた枝を見つけた。

 このキノコは草に隠れたところを好むみたいだな。

 てことは、影になるようにして枝を安置したほうがよさそうだ。ラウラに聞きながら、試してみよう。

 

『大魔王ー』

『大魔王さまー。どこごぶー?』

『ごぶー、ごぶー』


 お、ゴブリンたちが森に入ったようだな。

 しっかし、あれだけ騒いでいたら変なモンスターを呼び寄せないか心配だ。

 いや……ガラスばりいいいんをした俺が言うことじゃあないな……。い、よい手だと思ったんだって。

 もうやらないから、ガラスの件は忘れることにするのだ。うんうん。

 

「こっちだー!」


 呼びかけると、声に気が付いたゴブリンたちがわらわらとこちらにやって来る。

 しかし、彼らは倒れた飛竜と大蛇を見た途端、ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めてしまう。


『大魔王が狩ったのかごぶ?』

「一応な……」

『やっぱり大魔王は魔族の中の魔族ごぶ……ま、まあ。ごぶたちでも討伐できるが、ごぶ』


 思いっきり目が泳いでいる分かりやすいゴ・ザーに対し、必至で笑いを堪える。


「そ、そうだな……だけど、ゴ・ザーたちにはもっと大事な仕事を任せたい」

『ごぶ?』

「獲物を魔王ビルまで運んで欲しんだ。トロッコをいくつか出すから、持っていってもらえるか?」

『任せろごぶ。大魔王は?』

「俺はもう少し探索してから帰るよ。肉だけじゃなく野菜や果物も欲しいからさ」

『是非頼むごぶ! 肉は任せろごぶ!』


 食糧が関わると本当に素直になるゴ・ザーとゴブリンたちなのであった。

 

 大きさ一メートル四方ほどの木製トロッコを出したものの、そのままじゃあ大蛇も飛竜も積み込めない。

 その場でざくっと解体して、後はゴブリンたちに任せることにした。

 その間、ゴブリンたちは車輪がついているトロッコを押して「すごいごぶー」とか言っている……。

 いや、それにしても詰め込み過ぎだろ。中に四体のゴブリンがおしくらまんじゅうして乗り込み、むぎゅうっとなっていた……。

 

「後は頼むぞー」

『ごぶー』


 アスファルトの道沿いに行けば、慣れていないゴブリンたちでも楽に運べるだろう。

 途中で遊ばないことを祈る。到着するまでは「肉の為」ということでたぶん大丈夫だろ。

 その後は……トロッコが壊れるかもしれないな……。

 創造スキルじゃなくて、丹精込めて作ったものだったら絶対に俺がみていないところでトロッコを彼らに託すなんて真似はしない。は、はは。

 トロッコ四台をうんしょうんしょと押す彼らを見送り、俺たちは再び森の探索へ。


 ◇◇◇

 

 ビワに似た木、野草、野イチゴ、ゴボウに似た根……この辺りを収穫したけど、やはり農業として使えるかとなると難しいだろうなあ。

 そろそろ撤収するかという時に、俺はあることに思い至る。

 

「ルルー、ラウラ。知っていたらでいいんだけど、この辺りは俺の記憶によると魔境と呼ばれる魔素溢れる地域になっていた」

『もきゃ?』

「魔境はどんどん拡大を続けているとか街で言っていてな。でも、今ここは元の大自然に戻っている。つまり……魔境が縮小しているってことだよな」

『もっきゃもっきゃ』


 まともな返事をしないルルーからビワに似た果実を取り上げる。

 すると、むきーっとまん丸の目を俺に向け、ピンク色の鼻をこれでもかと鳴らす。

 お、種もビワに似た感じなんだな。

 ルルーが齧ったところから、茶色の種が見えていた。

 

「私は、魔境? のことは分からないわ。恐ろしい場所があるから近寄るなと言われていたくらい」

「ふうむ」

『返すもきゃー』


 うるさいのでビワをぽいっと放り投げると、パシッとルルーが上手にキャッチしそのままかじかじし始める。

 ラウラの村では、魔境の情報があまり伝わっていなかったのかな。

 

「一つ、思いついたことがあるんだ。聞いてもらえるか」

「うん」

『よろしい。言ってみろもきゃ』


 くっちゃくっちゃをやめず果汁で口を汚すルルーには聞いてないんだが……。

 もきゃーは放置して、ラウラと目を合わせ言葉を続ける。


「ポイントは魔境が『縮小』したってことなんだ。俺はどこかに吹き飛ばされたわけじゃなく、確かに魔境の入り口でうずくまった」

「うん」

「ところが、今ここは大自然が広がっていて魔境ではなくなっている。となれば、繰り返しになるけど、魔境が縮小したと考えたってわけだ」

「あ、あんまり見たくはないかもだけど……」


 ラウラは魔境ってのがどういうところか想像がついた様子だ。

 眉をしかめ、獣耳をペタンとさせて上目遣いで俺をみやる。

 

「うん。魔境で人は生きていくことはできないと言われている。つまり……勧められた行為ではないけど、使わなくなったものを拝借しようってわけだ」

「魔境に取り込まれていた村を探そうというわけよね」

「その通り。あるかどうかは分からないけど、探す価値はあると思う。遠くからでも村ならば見つけやすいから」

「大賢者様の柱の魔法を使いながら場所を変えていけば」


 魔境が縮小した範囲に村があればってのは完全なる希望的観測だ。

 そもそも、辺境も辺境だからな。

 俺が住んでいた街とこの場所の間には、ゴブリンらが勢力争いする地域がある。

 外部と取引しようにも、ゴブリンらのことがあるから護衛をつけて行商しなきゃらないので、通商にコストがとってもかかるだろう。

 これだけの実り多き大自然だから、ほぼ地産地消だけで成り立っていたことに期待……だな。

 

「獲物を狩るのが最優先。次に探索をしつつ、村があればいいなって方針で行きたい」

『低級魔族にしてはちゃんと考えておるもきゃ。感心感心』

「ルルーはお口を綺麗にしてからにしような」

「にゃーん」


 ラウラにピンク色の口元を手ぬぐいで塞がれたルルーに変わり、スレイプニルが気の抜ける返事をするのであった。

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