第17話 グングニル

「あの蛇、役に立ってる?」

『食べればいいもきゃ』

「そ、そんなことないんじゃないかなあ。きっと臭い? で……」


 はあとため息をつきながら発言すると、ルルーが当然とばかりに言い放ち、ラウラがまあまあとフォローに入る。

 お、そうだ。

 スレイプニルのくんくんだけに頼らずとも、俺は俺で動こう。

 

 スレイプニルを片手でむにゅーっと掴みあげる。彼に乗っていたルルーはするすると俺の手の甲を伝って肩まで登ってきた。


「ラウラ。もう少し俺に近寄ってくれ」

「うん」


 服の袖を指先で掴んだラウラは「んっ」とこちらを見上げてくる。

 予想はつくと思うだろうけど……。 

 

「出でよ」


 地面からにょきにょきっと柱が伸びてきて、ぐんぐん視界が高くなっていく。

 すっかり見慣れた光景になってしまったなあ、なんて思う間もなく大木より高い位置まで柱が伸びた。

 

「何かいるかなあ」

「ゴブリンさんたちかな、あれ?」


 ちょいちょいと俺の肩を突っついたラウラが高層ビルの方向へ指をさす。

 彼女は目がいいんだな。

 ここからでも余裕で見える高層ビルの方向から、米粒の集団が向かってきていることを確認できる。

 この分だとあと一時間もしないうちに彼らが到着しそうだな。

 

 彼らがここに来るまでにあと一匹くらい狩っておきたいところだ。

 

 こうして高いところから探せばきっと、見つかる。

 

「そう思っていたことが僕にもありました」

『誰に向かって言ってるもきゃ』

「いやさ。高い位置からだと確かに視界はいいよ。だけど、結局獲物は地上を歩いているわけだろ」

『そうもきゃ。だから、スレイプニルがいるじゃないかもきゃ』

「うん、そうだね。そうだよ」


 木々より高い位置に立つと、視界良好、遠くまで見渡せた。

 それはいいんだが、木々に阻まれて地上は見えん。

 

 いや、そうでもないんじゃないか。

 

「へ、へへへ。見てろ。俺が今から肉を集めてやるからな」


 イメージだ。イメージが大事。

 よし。想像し創造しろ!

 

「出でよ」

 

 柱が立つ周囲の地面をアスファルトで覆う。

 続いて、大量の窓ガラスが柱の頂点――つまり俺の立っている位置辺りの空中に出現する。

 

 もちろん、窓ガラスは重力に従い落下し――。

 ――ドガシャアアアアアアン!

 

 盛大な音を立てて割れた。


「ちょっとやり過ぎたかもしれん」


 役目を終えたアスファルトとガラス窓を消す。

 それに対し、獣耳を両手で塞いだラウラが至極まっとうなことを言った。


「ねえ、リヒト」

「ん?」

「こんなに大きな音を立てたら、イノシシも鹿も逃げちゃうよ」

「……音に反応して迫ってくるようなのは、獰猛なモンスターくらいなものか」

「うーん。『オレの縄張りで何するもきゃー』な魔獣くらいかな?」

「あ、あはははは」


 ラウラの声真似がルルーにちょっと似てて受けた。

 

 キシャアアアアア。

 耳をつんざくような咆哮が俺に耳に届く。

 お、何かきた。

 

 今度はまともな見た目のモンスターだ。

 ホッとするような、そうでないような。

 濃い緑色の鱗に覆われた空飛ぶ爬虫類。ワニに似た顔に皮膜の張った翼竜のような大きな翼を持つそのモンスターを俺は知っている。

 見るのは初めてだけど、有名なモンスターだし知らぬ者は殆どいないだろう。

 尻尾の先にトゲトゲがついたこいつは、飛竜で間違いない。

 全長はおよそ7メートルってところ。

 

「悠長に構えていてはダメだな……ブレスとか来るんじゃないのか」

『アレは火竜の一種もきゃ。火を吹く』

「やっぱりそうか……」


 件の距離はおよそ200メートル。

 炎のブレスならばそろそろこちらまで届く距離か。

 

 ……観察していたら飛竜の口元からチリチリと炎が見え隠れする。

 そして、奴が口を大きく開くと炎のブレスがこちらに飛んできた!

 

「出でよ」


 クリスタルの壁がブレスの行く手を遮る。

 さすがクリスタル。ビクともしないな。


「行くぜ! グングニル!」


 飛竜の巨体より尚大きい地引網が虚空に出現し飛竜に絡みつく。

 飛竜は落下しまいとバサバサと翼を震わせる。

 そこへ、先の尖った円柱状の杭が矢のような速度になって飛竜に襲い掛かった。

 杭の直径は1メートルと少し、長さは5メートルほどだ。物理アタックとしては十分な大きさである。

 

 ぐさあっとあっさりと体を貫かれた飛竜は地面に落下した。

 

「これで今晩の食事は足りるかな。蛇も飛竜も巨体だし」

『はやく、肉を食べたいもきゃ』


 百舌のはやにえのように杭に貫かれた飛竜の長い尻尾の付け根あたりでしゃがみ、鱗の様子を確かめる。

 一方で俺の隣で中腰になったラウラが、ダガーをちらりと見せてくきた。

 彼女のダガーはボロボロに刃こぼれしたまま、手入れも行き届いていない。大自然の中でサバイバルをしていたのだから、仕方ないと言えば仕方ないよな。

 お手入れしようにも道具がない。

 それでも、さっきはツタを切っていたし、切れないわけではないようだった。


「ありがとう。ダガーが折れちゃうかもしれないから」

「硬そうだものね。村では飛竜の鱗を使っていたわ。村一番の鎧なの」

「へえ。飛竜を討伐しに?」

「ううん。死骸を見つけたら、だよ。ブレスもあるし硬いから矢が通らないの」


 そう言って微妙な顔ではにかむラウラはダガーを俺の手に乗せる。

 唯一の武器を「壊れるかもしれない」と言っている相手に躊躇なく渡すとは……彼女の信頼の証と受け取っておこう。

 でも、これは使わない。

 ダガーを借りたかったのは間違ってないけど、使い方が異なるのだ。


 実物があれば、ちゃんとした刃のついた武器を創造できる。

 じーっとダガーを凝視し、頭の中で出来る限り正確にトレースしていく。


「よし、出でよ」


 ラウラのダガーと瓜二つだけど、刀身がピカピカのダガーが創造される。


「……何度見ても凄すぎるよ……私のダガーは要らなかったね。余計なことをしてごめんね」

「いやいや、ラウラのダガーがあったから、ダガーを作り出せたんだ」


 もう一つ新品のダガーを出し、ラウラのダガーとセットで彼女に渡す。


「これ……」

「そっちの新品を使ってくれ。ラウラの持っていたダガーは大切に保管しておいてもらえるか?」

「……うん」


 ダガーを胸に抱き、コクリと頷くラウラ。

 弱々しく微笑みを浮かべる彼女に何か声をかけようと思ったのだけど、後にしよう。

 一応ここは狩場だからな。彼女とは落ち着いた場所であるビルの中とかで、ゆっくりと話せばよい。


 サクリ……。

 ダガーを鱗と鱗の間に斜めに沿わせると、案外あっさりと鱗が剥がれた。

 水桶を出し、じゃばじゃばと鱗を洗い、コンコンと指先で叩く。


「いけるかなあ、これ」


 飛竜の鱗をつぶさに観察しつつ、脳内で思い描く。


「あ、ダメか。何でだろ」


 木彫りの鱗が創造されてしまった。

 認識の問題かなあ。ひょっとしたら、魔法金属なんてものも創造できないかもしれない。

 食糧以外は割と楽に創造できると思っていたがそうでもないらしい。


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