弍 光

 集中していく。


 ライヴの初っ端。最初に音を出すときの緊張感に似ている。


 闇。刀は収めたまま。抜き打ち、居合の類いかもしれない。


 素早く脚を回し。


 跳ぶ。


 刀と腰を両軸に、回転して斬撃を向かわせる。


 闇。


 白刃が、きらめく。


 居合。左。


 刀に籠めた力を抜き。腰と刀の向きを空中で入れ換え。


 相手の居合いを受けて、右に弾き飛ばされる。そのまま、もう半回転して着地。


 左に刀を持っている。抜き打ちも左だった。左居合。交差するときに、腰を狙ってきている。


 こちらの命を奪うつもりなのか。それとも。腰と刀の体位を入れ換えるのが、見抜かれていたか。


 闇。白い輝きは、既にない。刀は収められ、静かに佇んでいる。


 こちらも、刀を鞘に納めた。


「一合斬り合った仲だ」


 闇。静かに、喋り出す。静けさと雪の中に、よく聞こえる小さな声だけが、通る。


「わたしは、化け物を殺す仕事をしていてな」


 お互いに。


 刀は閉まっている。


 機は熟していない。


 間を、喋って取っているのだろうか。


「この世から電子の光が消えたのも、わたしが化け物を殺しそこねたからだ。化け物は電気という電気を食いちぎった」


 闇。傘で見えないが、笑っているらしい。


「どう思う。この世を。電子機器の消えた、この都市を」


 刀。納めているが、こちらは居合には向かない。空で刀を振るうために、独特の反りと斜めの間断が空いている。それが、抜くときに摩擦を生む。


「この世は、平和だ。街は、誰彼がしあわせそうにしている」


 闇。静かな佇まい。


「電気のことなど、皆忘れたのだろう。人の営みに、華美な灯りは必要なかった」


「そうか」


 闇。ゆっくりと。静かに。体勢が。低くなる。


「おまえはどうだ。音を奏でたいとは思わんのか」


「俺には、新しい音がある」


 機。


 熟してきている。


 お互いの間に流れる空気。


 雪。


 ゆっくりと。


 流れ。


 制止した。


 瞬間。


 白刃。


 灯りのない橋に。宵闇に。


 輝く光が。閉じた刀が。


 開く。


 こちらの納めた刀は。抜かず。


 光に向かって、走る。


「う」


 闇。


 閃く刀。迷いが出る。煌めきが、弾ける。


 跳んだ。


 そのまま閉じていた刀を抜き。


 宙空。頂点で鞘を投げる。


 光が戻る。閃く輝き。鞘が二つに割れた。ばちりという、音。


 刀。両手で握り、宙の頂点からゆっくりと、降下。雪と同じ速さで。降りる。


 だんだんと。速く。


 上がっていく速度を、刀にのせる。間断から、ひゅうという音。一瞬だけ鳴り響き。消える。無音。雪。


 刹那。


 斬って捨てる。


 振り返り。


 傘を柄で払った。


 顔。


「見事」


 女だった。


 黒装束。やはり、綺麗に着こなしている。斬撃の太刀筋を、その光を最大限に伸ばすための、漆黒。折れた刀を、そのまま収めている。


「あの音は」


「刀の音。新しい、音だ」


 電気のない。エレキギターやエレクトロニカのない、この世で。この音こそが、新しい、生きる道。





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