斬撃、光、音
春嵐
壱 斬撃
夜半。
腰に刀を差して。
橋を渡る。
ここには、辻斬りが出るという噂があった。無論、命は取らない。刀を奪うのではなく、折る。このご時世に刀を折るというのが、また、不思議だった。
滅多なことがなければ、刀は折れない。人を斬れるわけでもない代物なのに。
橋の真ん中。
雪が降ってきている。街の景色。なかなか、良い。こんな世の中でも、皆、たくましく明るく生きている。
辻斬り、か。
世が世なら、自分も斬る側に回っていたかもしれない。それも、刀を折るなんて気楽なものではなく。相手の身体を斬り。命を奪う。そういう、辻斬りに。
傘に積った雪を払い、着物を揺らす。刀を振るうにもっとも最適なのは、やはり長袖だった。斬撃の動きに呼応して、袖が揺れる。それが幻惑する動きになって、相手の目を惑わす。女物を逆さにして、男の着こなしにしていた。
橋。誰かが、来る。
夜の闇に紛れて、ゆっくり。
「止まれ」
闇。留まる。
「辻斬りか」
黒装束。襤褸のような着こなしだが、相当に良いものだとわかる。
「いかにも。貴殿の刀の命、頂戴いたす」
静かな声。雪に舞う。
「刀の命」
刀に、命などない。既に、幾多の技術と鉄鋼の発展によって、刀は圧倒的な硬さと人を斬ることのないやさしさを手に入れている。
着物の袖から。
音楽プレーヤーを取り出す。
「ほう。音楽プレーヤー」
闇。笑った、だろうか。
「珍しいものを持っておられる」
「まあな」
昔は、音を作る仕事をしていた。そのときの、名残。すでに、この世にサウンドもクラウドも、存在はしない。この音楽プレーヤーも、充電ができないのだから音も出ることはない。
それでも。
スイッチを入れる。
音楽を聴いているような、気分にさせられる。昔の、ライヴやレコで音を鳴らしていた自分。思い出すように。
刀を構える。
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