第8話 ネットでは突然に煽られる

 テーブルと女の子を見比べながら、トオルは必死にものごとを整理していた。テーブルの上から消えた茶碗。その茶碗をかぶって現れた女の子。茶碗は外れない。茶碗には昨日種を埋めて肥料をやって水を……

「……いや……ないないそれはない。あり得ない。……おかしいだろ種から女の子生えるとか!」

 そんな話は生まれてこのかた聞いたことがない。トオルは女の子に触ろうとしたが、とにかくいったん止めて、代わりにスマホに手を伸ばした。

「えーと……」

 ネットの質問箱。

『茶碗に種埋めたら女の子が生えましたがどうすればいいですか』

 アングラな掲示板。

『茶碗から女の子が出てきた件について』

 こういうときネットの回答は風よりも早かったりするからいい。トオルはそのまま、時計を気にしつつ三十分ほど待ってみた。

 ネットの質問箱。

『釣りにしてはネタが雑すぎます』

『二十点。次回期待しています』

 アングラな掲示板。

『ネタ乙wwwwww』

『おまわりさんこっちです』

『通報しました』

『マジレスするが病院行け、なっ』

 こうなることがわからなかったわけではないが、トオルは心の底から落胆した。

「ネタじゃねえって俺マジなんだって!!」

 念のためにいろんなキーワードで検索もかけてみる。

 【種 女の子】【種 育つ 女の子】【種 子ども 生える】

 ……いずれもロクな結果は出てこなかった。ではどうする? 警察に行っても結果はネットと同じになる気がして、トオルは動けなかった。それよりもなによりも、いま気にすべきはひとつのことしかなかった。

「やべ、仕事」

 いつもより起きたのが早かったせいで、時間にまだ多少の余裕はあるものの、そろそろどうにかしなくてはならない。とはいえこんな子どもを抱えて出社できるわけもなく、トオルは休暇をとるしか選択肢をもたなかった。どうせ休暇はたくさん余っている。権利である。意を決して、電話をかけた。どうか電話口に出るのがノゾミでないようにと願いながら。

「あの、幸野です。お疲れさまです。すみません、ええと……今日休みください。わかってます、休暇願いはちゃんと書きますから、とにかく休みください! それじゃよろしくお願いします!!」

 電話に出たのが幸いにも課長であったから、トオルは一息にそう言ってしまうと、乱暴に電話を切った。

 女の子はまだ眠っていた。トオルは怖々頭をなでてみたりしながら、そうして、これからのことに考えを馳せる。半ば呆然としながら。

「………どうしよう」

 そのときだった。部屋にインターホンの音が鳴り響いた。

「? 誰だ?」

 まさか課長やノゾミではあるまいが。トオルは半信半疑、そうっとあぐらから女の子を外すと、玄関の鍵を開けた。

「はい、なんです……」

「はいどーも! 種田たねもの屋ですぅ!」

 にぎやかな名乗りと足音がほぼ同時に響き渡った。トオルは唖然とした。つい先日連絡の取れなかったミヤコが勝手に部屋へ上がり込んできたのだ。あの奇妙な格好で。

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