第7話 幼女は突然に生えてくる
ふかふかと柔らかく布団が揺れる。夢を見ている? だがそういえば鳥の鳴き声が聞こえる。
「もう朝か……?」
布団の中でつぶやきながら、トオルはうーんとくぐもった声を出した。まだ出社までには時間があるはずだ。もうすこし寝ていたい。
しかし、布団が揺れるだけではなかった。何かが自分の体の上に馬乗りになるのを、トオルは感じた。まだなんとなく寝ぼけていたトオルは、横にごろごろと体を揺らしながら、体の上のものに――それがなんなのか、当然わからないままに――拒否反応を示してみた。
「やめろよー……眠たい……」
瞬間、キャハッという、空気のようなうれしい叫び声を、トオルは確かに聞いた。その声に疑問を持つ間もなくトオルは飛び起きる。ほっぺたのあたりを割と遠慮なくぺちんぺちんと叩かれたからだった。
「やめろって!」
トオルが飛び起きたと同時に、その場の空気は凍りついた。トオルはこの状況が全く呑み込めなかったし、トオルが聞いた声の主は、突然大きな声を上げられたことにびっくりし、思わずその場から飛びのいて固まったからだった。
トオルの目の前には、女の子がいた。
いくつくらいだろうか。四歳か五歳? 年齢がいっていても小学校低学年くらいだろう。ふわふわの服を着て、それは大変可愛らしい様子だった。頭に何か奇妙なものを乗っけているという以外には。
ようやくトオルから言葉が出る。返事は期待しないが、至極真っ当な疑問が。
「…………? 誰お前?」
しかし女の子は瞬時に泣きそうな顔になり、テーブルの下にさっと隠れた。まるでそれは怒られた子どもが親から逃げる様子に似ていた。
「え? えええ? ……ここ俺の部屋だよな? ……この子誰だ!? どこの子!?」
周りを見回しても、昨夜とちっとも変わらない自分の部屋であることに違いはなく、トオルはとにかく女の子を捕まえようとした。事態が事態だ、誰かにバレたら警察ものかもしれないし、ならばそれより先に迷子事案として届け出を出さなくてはならない。しかし鍵のかかっているはずのこの部屋にどうやってこの子は入り込んだのか? 短い時間にトオルはいろいろなことを考えながら、狭い部屋の中、女の子を追いかける。しかし彼女はまたこれでどうも追いかけっこで遊んでもらっていると思ったらしく、部屋を縦横無尽に駆け回った。こうなると、事務仕事ばかりで体力がなくなったアラサーと体力のあり余っている子どもとではレベルが違ってくる。
「ちょ、おい、待て、……勘弁して……」
朝から部屋中をかけずりまわされて、さぞかし下の階の住人には迷惑をかけていることだろう。そんなことを考える余裕もなく、トオルはもう足ももつれんばかりにヘロヘロになっていた。
だが倒れこむのはトオルより彼女のほうが早かった。トオルに抱きつくようにぶつかった女の子は、そのまま崩れ落ち、すうすうと寝息を立てはじめた。
「は……眠かったのか、もしかして……」
トオルは自分のあぐらを枕代わりに、女の子をそのまま寝かせてやることにした。ようやく気持ちが落ち着いて、女の子のつま先から頭のてっぺんまでを観察できたとき――トオルは彼女が頭に乗っけている奇妙なものに気がついた。
「……ん? これ、あいつの茶碗……」
トオルはその茶碗らしいものを外そうとした。しかし、根が這ったように外れない。
「なんだこれ。茶碗なんかかぶっちゃって、この子、……え?」
彼はそのとき、ようやくテーブルの上に目をやることができた。昨日と明らかに、そこの様子は違っていた。
種を埋めた茶碗が、ない。
「あれ?」
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