第6話 めんどくさいことは突然に起こる

 メッセージさえ残させてもらえず、電話は切れた。たねもの屋のフルネームはこの際大変どうでもよかったが、トオルの耳にはそこまで届いたかどうかもわからない。かくしてたねもの屋、もとい、ミヤコには連絡が取れないことがこの時点で判明してしまった。トオルはスマホを切りながらノゾミのほうを向いた。

「……だそうです」

「いや、だそうですじゃなくて! 何。留守なの?」

「はあ、買いつけとかで。連絡、取れないっぽいです」

「……そう。仕方ないわね……。……いいわ。幸野、あんた、持って帰って、これ」

 袋をひとつつまみ上げて、ノゾミはトオルの目の前にずいと出した。

「え、俺が!?」

「発注したのはあんたでしょ。責任もって持って帰んなさい。それにね、あんたはこういうの育てて、もうすこし情緒的っていうか、空気読むっていうか、ひとの心のわかる社会人になんなきゃだめよ」

 俺の何を知っててこのひとはそう言ってるんだ。トオルは反論したい気持ちでいっぱいだったし、草花なんて小学生のときに朝顔を枯らしてクロッカスを腐らせて以来育てたこともなかったから、この種がまともに育つ自信はまったくなかった。

「俺、花とか育てたことないんですけど!」

「だから育ててみろって言ってんの」

「土とか栄養とかどうすりゃいいんですか?」

「あんたんちの近所にホームセンターはないの? いまどき土も肥料も簡単に買えるのよ。はい決定。プレゼントフォーユー」

 すべて見事に論破され、手の中に種の袋を押しこまれて、トオルは大混乱していた。この流れでなぜそういうことになるのか。一応仕事が忙しい身の上、絶対に枯らしてしまうとトオルは危惧したが、ほかの総務部職員も、昔の営業仲間も、受付係や掃除のおばちゃんに至るまで、誰もトオルから種をもらってはくれなかった。



 創立記念日の式典は無事に終わった。途中でノゾミが「種が足りない」と騒ぎ出すかもしれないと思い、トオルはスーツの内ポケットに種の袋を忍ばせていたが、残念ながら前日に数えたとおり箱の中の種はきっちり来賓全員に渡って、足りないどころか余りさえ出なかった。

 こりゃ本当に持って帰って埋めるなりするしかない。あれだけ強引に押しつけられた割には、この種をそのままごみ箱に放り込んでしまう気には、トオルにはとてもなれなかった。彼は仕事の帰り道にとりあえずホームセンターでほんのすこしの肥料と土を買い求め、アパートに帰った。

 一番肝心なものを買い忘れたことに気がついたのは、土の袋を開けたときだった。

「植木鉢買ってねえわ」

 だが今更ホームセンターに戻るのはとても面倒臭かった。疲れてもいたし、とにかく何か代わりになるものがないかと思ったトオルは、食器棚に向かった。見当はついている。もう使うことのない茶碗。トオルを冷たくあしらった彼女が残していったものだった。ここにあっても仕方ない。というより、いままで残していたのがなんとも未練がましい。トオルは茶碗に土と肥料を詰めると、袋の中に入っていた種を出した。

「何が生えるんだろうな、これ」

 昨日、一応ネットで調べてみたが、どうにもよくわからない。生えてくるのが花なのかどうかすら。あのたねもの屋がよこしたものだから、南米原産ですとかアフリカの奥地にしか生えないスペシャルレアものですとか言われてもトオルはたぶん信じる。

「とりあえず埋めてみよう。あと要るのはなんだっけ、水か?」

 種を埋めて、トオルは水道水をすこし振りかけた。土が湿る程度でいいとネットにはあったから、これで様子を見てみるしかない。

「まあ枯れなきゃいいけど……どのくらいで芽ェ出るのかなァ……」

 茶碗を多方向から見てみるが、当然変化はない。

 とにかくやることはやったのだから寝てしまえ。トオルはテーブルの上に茶碗を置くと、布団に入って、数分後にはいい寝息を立てはじめるのであった。

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