第5話 偶然は突然にやってくる
翌日、たねもの屋は何とも珍妙な格好で納品に来た。
「どーもー! 種田たねもの屋ですー! このたびはご注文、誠にありがとうございますー!」
いま遊園地で風船配りをしてきたところですと言ってもおかしくないその格好は、明らかに周囲から浮いていた。後で聞いた話によると、一階ロビーの受付係はたねもの屋がエレベーターに消えた瞬間、大爆笑したという。
「え、あんた、たねもの屋さん……?」
「そうですよ。見てのとおりのたねもの屋ですよ。はい、花の種、五十袋です」
トオルは「見てわかんないから聞いてるんだけどな」と苦笑しつつ、たねもの屋が差し出した箱を受け取った。この中に種が五十袋入っているのだろう。あとたぶん、頼んでおいた納品書と請求書も。
「どうも……」
「お支払いは来月末までにお願いします。じゃっ!」
たねもの屋はそう言いながら陽気に総務部を出て行った。ノゾミが一仕事終えてトオルのもとに来たのはその三十分あとだったので、ふたりは会わずじまいであった。もしこのときノゾミがたねもの屋と会っていたなら、またきっとひと悶着あったろうと思うと、トオルはそれだけで安堵した。
「幸野。種、届いたの? 数は確認した?」
「あ、届きました。確認はまだです」
「早く確認しなさいよ、もし足りなかったら大変じゃないの」
それもそうだとトオルは数を数え始める。ノゾミも責任があってか、付き添った。
「四十八、四十九……あれ?」
「幸野?」
「ちょ、も一回……」
「……四十九、五十、……」
二回数えて、さすがにふたりとも異変に気がついた。
「……種、多いじゃない。お客さまは五十人でしょ」
種の袋は五十一あった。トオルは箱の中の納品書と請求書を見たが、そこには五十袋ぶんの記述しかなかった。
「予備じゃないんですか?」
たねもの屋相手に予備の話は全くしていないくせに、トオルはそんなことを言った。ノゾミは請求書をひらひらさせながら、いかにも困った風につぶやく。
「……まあ結果的にこっちが損したことにはなってないけど……」
袋が余ったところで処理に困るのよね、とノゾミは言って、トオルにたねもの屋への連絡を命じた。
またあの陽気な声を聞くのかと思うとトオルはほんのすこし気が滅入ったが、上司命令では仕方がない。トオルはスマホを取り出した。
『はい! 種田たねもの屋ですぅ!』
「あ、」
やはりすぐにたねもの屋は電話に出たので、トオルが言葉を継ごうとしたら、それより早くたねもの屋が言葉を継いだ。ただし正確には録音のテープが。
『ただいま商品の買いつけのため、ムーミンの里フィンランドに出かけてまーす』
「え?」
さっき会社を出たばかりなのに? それとも配達のあとすぐに空港に向かうつもりだったのか? トオルの頭はグルグルしながら、留守番電話とおぼしきそのメッセージを黙って聞いていた。
『そのあとノルウェーとデンマークとスウェーデンをまわってきまーす。帰りは来週になりまーす。その間お店お休みでーす。行ってきまーす。エヘヘー。種田ミヤコでしたー』
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