第4話 たねもの屋は突然にわめきまくる
「花の苗なあ……」
電話帳をめくりながら、トオルはぼんやりうめいた。そもそもここは乾物の卸会社である。来賓に鰹節の一本も配るならともかく、なぜ花苗なのか。安いからか。選択肢が少ないからか。
「つまり主任も結構いーかげんに決めてるってことだよな」
本人が聞いていないのをいいことに、トオルはさらりと言ってのけ、電話帳で花屋を探した。もうこの際苗でもなんでもいいから早く決めてしまえば片がつく。
「? 花屋ってないな……ああ、【園芸店】でいいのか……」
思ったよりも、【園芸店】の掲載は少なかった。トオルは自分のシャープペンを出すと、目をつぶってその上をうろうろしてみた。見当もつかなければインスピレーションに頼ってみるに限る。
とん、と、いい音がして、シャープペンの先は一件の電話番号で止まった。
「ここだ! 【
スマホからコール音が一回して、電話の向こうはにぎやかな声を上げた。
『はい! 種田たねもの屋ですぅ!』
「うわ、うるさっ。……あ、あー、えと、花の種を注文したいんですけど、明日までに五十袋とか、お願いできますか?」
予備の袋を頼んでもよかったのではないかと、そんな考えが一瞬だけトオルの脳裏をかすめたが、無駄なことはするなと怒られそうな気がしてやめた。ここは来賓の人数ちょっきり五十を用意したほうがよさそうだ。
たねもの屋はにぎやかな声のまま応対を続けた。どうもそれがポリシーであるらしかった。
『五十、ですか? お好みの花とかあります? 種類問わずとりまぜてよろしいのなら、一袋二十円で明日までにそろえられますが』
この際、種類がどうとかは関係ない。明日までに五十の土産がそろうかどうかと
いうほうが、トオルにとっては余程重要だった。しかも一袋二十円。熨斗紙なんかはこちらでどうとでもなるとして、それは破格の安さだとトオルは思った。
「あー、いいですよそれで。そろうなら。何が咲くか分かんないほうが面白そうだ」
『じゃ真っ白な封筒でお届けしましょう。お届けはどちらへ?』
「あぁはい、……」
トオルは会社名と住所、納品書と請求書を同封してもらうことなどをそつなく伝える。実に短いながらも休日出勤がこれで終わったことになるが、呼び出された以上、ここで帰ってしまうのは若干癪に思えた。しかも休日出勤代をもらえるとあっては。そこで彼はノゾミに、なんとも丁寧に報告を終えた。
「花の種ね。課長には私から報告しておくわ」
「あの」
「まだ何か?」
「仕事、残りの……」
「急ぎの仕事はそれくらいでしょう。まさか夕方まで残って仕事片づけたいの?」
そう言われてしまえば確かに残る理由はこれ以上なかった。
「言っとくけど、休日出勤代は無駄遣いしないわよ」
それを言われると言葉をなくす。トオルはおとなしく帰ることにした。
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