第9話 俺は突然に放置される

「たねもの屋! なんで俺ん家がわかった!?」

 いきなり部屋に上がられたことよりも、トオルにはその一点だけが謎だった。しかし――

「まあまあ細かいことは抜き抜き」

 質問は見事にスルーされた。

「あんたフィンランドじゃなかったのか!」

 留守番電話ではそう言っていたはずだ。フィンランドのあとヨーロッパあたりを回ることまでご丁寧に言っていたくせに、なぜいまミヤコはここにいるのか。

「やーだなあ、イマドキ海外はすごーく近くなったんですよお。買いつけ終わって速攻帰ってきました」

 その言葉が、トオルにはどうにも棒読み気味に聞こえた。だがもうそのあたりにツッコんでいる場合ではなかった。

 ミヤコの視線は、ただ一点、女の子に向いていた。眠る女の子を眺めながら、彼女はとても感慨深そうな口調で、言った。

「……ほほーう。咲いたんですねえ。【ハッピーシード】の、花」

「ハッピーシード……?」

 咲いた、というのは、この女の子のことだろうか。やはりあの種から咲いたのか。頭に茶碗が乗っている以上、足から先に生えてきたと考えたほうが妥当ではあるのだろうが、想像するといささか気持ち悪かった。

「育てたひとが【幸せ】だと思うことを、かなえてくれる花です。伝説の花でしてねえ、なかなか手に入らないんですよ。何が咲くのかとか、幸せがどうかなうのとかね、まだまだ知られざる種なものでねえ……」

「伝説の花? この子が? 何が咲く、って……俺んとこ女の子が咲いたぞ!」

 ミヤコは新種の何かを発見した博士か科学者のように、明らかに興奮していた。

「見ました。というか見てます。もうねェ、あたしたねもの屋としてこんなうれしいことないですよ。これだけのレアもの、一生にあと何回見られるか!」

「レア? 女の子が咲くのが?」

「普通はね、ぬいぐるみとかラーメンのお鉢とかそういう無機物が咲くんです」

 お鉢にぬいぐるみ……何が咲いても驚くだろうが、結果的にこの種はレアものではあったわけだ、と、トオルはひとりでおかしな納得をした。

「咲くのか。種からラーメン鉢が? それで?」

「ハッピーシードの花自身が幸せだと感じたら、育てたひとも幸せになります」

「?」

「たとえばラーメンのお鉢。お鉢は使われるのがお鉢にとっての幸せですよね、ひとつの考え方でしょうけど。毎日ラーメン食べるのに使われたら、使ったひと、すなわち育て主を幸せにしてくれるんです。お鉢が」

 お鉢がひとを幸せにする? 何度も何度もトオルは口の中でつぶやいてみたが、

「どうもよくわかんないな」

 素直な感想を口にした。

「要するに、あなたに幸せを運んでくれるんですよ。この子は」

「幸せを? ……ホントかよ」

 トオルは、そういうのは前によく聞いた気がしていた。元彼女がやたらゲンを担ぐタイプだったから。確か幸福の木とかいう。

 しかし、ミヤコは「そういうのとは全く違うんですよ。実際に幸せは必ず来ます」と言って、「ただし」と添えた。

「ただし?」

「もし、花が、幸せを感じなくなったら、そのとき、花は、枯れます」

 枯れるというのは奇妙な表現だった。例えば目の前のこの子が枯れるとして、それはどんなふうにそうなるのだろうか。ミヤコはあくまでラーメンのお鉢の例えとして、さっきとは全く違ったトーンで深刻に言った。

「使ってもらえない時間がすこしでも長くなったりすると、お鉢は幸せじゃなくなって……、……割れます」

 部屋の中の空気が、すこし、さわりと冷えた。

「……それが、【枯れる】ってこと……か? じゃあつまり、もしもこの子が幸せじゃなくなったら」

 ミヤコはそれに答えず、代わりに、陽気なトーンに唐突に戻った。

「まあご想像にお任せしますが。ひとの形をした花って、ホント例がないもんですから。大事に育ててあげてくださいね。ちょくちょく様子見に来ます! じゃ!」

 ミヤコはそれだけ言うと、脱兎のごとくトオルの部屋をあとにした。

「おい!」

 ミヤコの深刻なトーンと、急激に戻った陽気なトーンのふたつが、かえってトオルを不安にさせた。眠り続ける女の子を横に抱えて、トオルは途方に暮れた。

「幸せじゃなくなったら枯れるって……それじゃ俺どうすりゃいいんだこれ……」

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