第26話

 目を覚ました俺は、周囲を見渡す。石の壁で四方が囲まれている部屋。その中央にベッドが設置されていて、俺はそこに寝ていた。


――ガチャ。


 もっと他の場所を見ようと、俺は身体を動かそうとした。しかし、四肢が手錠で拘束されていて、動かせない。


「目が覚めたんだ」


 声の主は、龍堂尊だった。彼女は真っ白な着物のようなものを羽織っていた。しかしちゃんと着ておらず、胸元から股間に掛けてはだけてしましっている。


「やっぱり、あなたは良い匂いだわ」


 龍堂はその状態で、俺に身を寄せてきた。


みそぎはもう済ませてきたの」


 そう言う彼女はどことなく湿っぽくて、ふわりと、石鹸のような香りが漂っていた。


「私の匂いを感じる? 私も感じるわ。隆君と同じ、龍の力を濃く受け継ぎそうな、良い匂いを」


 その言葉に、俺は思い出した。かつて志田も、俺に対してそんな事を言っていた。そういえば龍の舞殺人事件の時、彼女は俺たちの近くにいなかった。茶髪の髪の毛も、あの時は浴衣に合わせて黒く染めていた。


 そうか、志田は……。


「なあ、教えてくれよ。この村はもうすぐ滅ぶんだろ? なら何故、龍の力に固執するんだ?」

「ふふ、知りたい?」


 龍堂は挑発的に、俺の耳元で言った。途端に俺は、クラクラと脳が痺れるような感覚に陥ってしまう。


 龍堂家に長時間いたことで、俺はすっかり得たいの知れない何かに犯されてしまっていた。彼女の吐息を直に吸ってしまうと、気が狂いそうになる。


「龍人の本能。ただそれだけ。もうすぐ復讐は果たされる。ねえ、此処がどこだか分かる?」

「此処は、火山の火口付近にある部屋、ですよね」


 俺と龍堂以外の声が響いた。部屋の出入り口付近を見ると、そこには母と知らない女性、そして倉持がいた。先ほどの声は、恐らく知らない女性の声だろう。


「男女の夜伽に水を差すなんて、無粋な輩がいたものね」


 母達を見て、龍堂は言った。


「羽賀さん、だったかしら。中々頭が切れるようで、困った人だわ」


 俺の知らない女性を見て、龍堂は言った。羽賀という名前らしい。


「じゃあ、羽賀さんに語ってもらおうかしら。私が何を計画しているのか」


 一同が、羽賀に注目した。


「別に、何もかも分かっている訳じゃありません。ただ龍堂さん。あなたは、この火山を噴火させようとしている。その仕組みが、この部屋にある。そうですよね」

「ええ、その通り。ダム建設の責任者を殺害して村を存続させるのも、噴火によって村人全員を皆殺しにする為。そして……」


 龍堂は部屋の隅に設置されたレバーの元に行った。


「これが龍から授けられし、最後の力。このレバーによって各箇所に設置された機器が作動し、数年掛けて地殻変動を起こす。すると火山内部にある溶岩が押し上げられて、やがて噴火を起こす」


 俺はそれを聞いて、高羽市の公園にあったモニュメントらしき謎の物体を思い出した。まさかあれが、その装置だったのだろうか。


「その地殻変動が、この村付近で頻発している地震、という訳ですね」


 羽賀が言った。黒鱗村近辺で頻発している地震が、まさか火山噴火の為のものだったとは。


「そんなこと、させませんよ」


 倉持が言った。


「つまりそのレバーを引けば、噴火は抑えられる。そういうことでしょう? 申し訳ないですけど、村人全員の命が掛かっているんです。力尽くでいかせてもらいますよ」


 倉持はそう言って腕まくりをした。


「そんなこと、出来るかしら」

「出来るでしょう。少女一人くらい、警察の私が……!?」


 瞬間。唐突に強烈な目眩に襲われた。見ると、龍堂以外の全員が苦しそうに倒れている。


「匂いの放出を、調整出来るんですね……」


 羽賀が言った。彼女も苦しそうだ。


「へえ。本当に、何でも分かっちゃうんだ」


 龍堂は肯定した。


「こ……の……」


 母が、力任せに立ち上がった。


 そして、一歩ずつ龍堂へ近づく。

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