第19話
翌日。朝早くから私たちは高羽市のとある喫茶店に入店した。店内を見渡すと、その隅の方に男性が手招きをしていた。
私たちはその男性のいる席に座った。
「どうも初めまして久遠東子さん。刑事の倉持です。それと……」
倉持は羽賀のことを見た。
「羽賀舞です。大学で研究員をしています。東子さんの助っ人として、馳せ参じました!」
羽賀は元気はつらつに言った。
「おお、そうですか。いえね。やはりこの村では、不可解なことがありまして。どうも我々の知識だけでは、太刀打ち出来そうにないんですよ」
ははは、と倉持は自嘲気味に笑った。
「不可解なことと言いますと、やはり呪いですか?」
「ええ久遠さん。ご存じでしたか」
「ええ。息子が全てノートにまとめてくれていまして。なので息子が知っていることは全て、把握出来ています」
「おお、そうでしたか。いやあ、私も息子さんと色々やり取りをしていましたが、優秀な子ですねえ」
「ええ。本当に、自慢の子です」
私たちはコーヒーを一口飲んだ。
「倉持さん。息子は龍隠しに遭ったのでしょうか」
私は意を決して尋ねた。
「分かりません。龍隠しの真相はご存知ですか?」
「はい。息子のノートに書かれていましたから」
「当然ですが、崎守家は犯行を否認しています。認めたら、逮捕になりますからね。ビデオカメラの映像も、犯人は龍役の衣装で変装をしていて顔が分かりません」
「息子が行方不明になった日に、殺人事件が起きたそうですが」
「ええ。それはノートに書かれていませんでしたか。無理もありませんね。自分が行方不明になる直前の出来事を、ノートに書ける訳がない」
ふう、と倉持はため息をついた。
「息子さんが行方不明になった日。その日は龍の舞を行う日でした。その儀式の最中に、生け贄役が殺害されたのです。実は過去にも同様の事件がありまして」
「はい。過去の事件はノートに書かれていました」
「過去の事件の被害者が、ダム建設の責任者だということも書かれていましたか?」
「ええ。龍の舞殺人事件ですよね」
「実は、今回の被害者も関連しています。今回の儀式で殺害されたのは、ダム建設の責任を引き継いだ者でした」
「つまり、犯人は同一の人物。殺害の動機も同じと見て良いのですね」
「可能性は高いでしょう」
「倉持さんは、少なくとも崎守家の仕業だと考えているんですよね。ダム建設の為に村を放棄するのは表向き賛成だが、内心では反対だった。だからダム建設の責任者を殺害した」
「私はそう考えていますよ。ダム建設の責任者が二人も殺害された。少なくとも犯人は村を存続させたいと考えている。龍の舞を取り仕切っている崎守家が一番怪しいでしょう」
私も同意見だ。しかし、気掛かりもある。
「何故、龍の舞の最中に殺害したのでしょうか。目立つのは明らかですし、犯行が難しいので容疑者も限られる。普通に考えれば、別の手段を取ると思うのですが」
うーん、と倉持は唸った。
「久遠さん。実は私もその件で一つ気になっているんです。崎守家は代々、龍と敵対してきた家系です。崎守家が犯人だとすれば、龍の舞に沿って殺人を行うのは不自然です」
「と、言いますと」
「龍の舞は年に4回という高頻度で行われています。表向き無病息災の為と謳っていますが、実は村人達が未だに龍と龍人に対して恐れを抱いているからです。龍の舞に沿って行われた殺人事件によって、その恐れは増加しています。龍と敵対している崎守家が、村を心の底から存続させたいと思っているのであれば、そのような手段で殺人を行うとは思えない」
それは確かに。龍と敵対している崎守家が、龍に対する恐怖を煽るような真似をするとは考えにくい。
「犯人は崎守家の者じゃない、ということでしょうか」
「いえ。龍人とグルであれば、例えば協力の報酬としてそのような手段を採用した可能性があります。しかし日継君も言っていた様に、村と敵対している龍人が協力する動機が薄い。今の情報では、何も断言が出来ません」
倉持は困ったように頭を掻いた。
「ただ龍の舞の日に日継君は行方不明になりました。これは今までに無かった事例です。彼は落とし前として殺されたのではない可能性があります。この殺人事件を追えば、日継君を見つけることが出来るかも知れません」
その言葉に、私は少し安堵した。諦めていた息子の命が無事かも知れない。それだけでも、私は頑張れる。
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