第15話
龍役が舞台の中央に立つと、またBGMは止まった。そしてまた、舞台周辺が静けさに包まれる。
「イヨォオーッ!」
三味線を構えた人が掛け声を張り上げた。そして三味線がベンと弾かれ、太鼓がポンと叩かれた。
それを合図に、舞台中央にいた龍の仮面の女性が踊り始める。
「今踊り始めたのが龍。短刀は龍の牙を表現しているのです」
と崎守は解説した。
演舞は淡々と進行していく。昔から続いている儀式の為、派手なアクションもなく地味だ。何の盛り上がりもないまま、終盤に差し掛かった。
すると踊っていた龍役が、ピタリと停止した。かと思えば、一直線に舞台上で座している人たちの一人に近づいていく。
「何だ? 妙な演出だな」
と俺は言って崎守に向いた。
「いや、おかしいですね。こんな演出はないはずですが……」
と言って彼女は不審な表情で舞台上を見つめる。
座していた四人も異変に気付いた様で、態勢を崩して後ずさりしていた。龍役は構わず詰め寄っていく。
そして舞台手前で座していた四人の内の一人の前に立つ。座していた人たちは何事かと龍役を見上げていた。
龍役はおもむろに両手を振り上げた。その両手には短刀が握られている。
次の瞬間。
――ザシュッ!
二刀の短刀が振り下ろされた。その人の胸元をクロス状に引き裂いた。
「ぐぁああああっ!」
斬られた人の絶叫。同時に、大量の血液が夜空に舞った。
しかしそれだけでは終わらない。龍役は右手、左手と短刀で交互にその人を何度も斬りつけた。そしてその度に血飛沫が飛び散った。
観衆の悲鳴が遅れて響く。龍役は舞台上から逃げ惑う人々を見下ろす。
「笑ってやがる」
俺は龍役の口元を見て言った。
龍の仮面の下に覗く口元が、ニヤリと歪んでいた。
「私たちも逃げましょう!」
そう言って俺の手を握ったのは、崎守だった。彼女はそう言って、俺を参道の方へ引っ張っていく。
「あれ、志田はっ!?」
俺はいつの間にか志田がいないことに気がついた。
「そういえば、いませんね」
「いつから居なかった? 龍の舞が始まる時には、いたか?」
「さ、さあ……。人が多いから、はぐれちゃったのかも知れません」
俺たちは人混みを避けるために神社の建物の裏手に回った。
「なあ崎守。崎守家は儀式を取り仕切っている家系なんだろ。今回のこと、何も知らないのか」
「……知りません」
「嘘をつくなっ!」
俺は崎守に怒鳴った。
「龍隠し。あれは崎守家の仕業だろ。落とし前として、龍人と恋人になった村人を殺していたんだ」
俺がそう言うと、崎守はジロリと俺を睨んだ。
「落とし前のこと、知っているんですね」
放たれた言葉は、やはり冷たい様に感じられた。
「久遠君。嘘はあなただってついているでしょう。私は知っているんですよ。放課後、何もしていないと言いながら、警察の方と何やら嗅ぎ回っていますよね?」
やはり、バレていたか。
「しかし落とし前のことまで知っているとは。あ、そっかあ。隼人君に聞いたんですね。昨日公園で会っていましたよね。もしかして、仕掛けていたビデオに何か映っちゃっていましたか?」
昨日の出来事をペラペラと語る崎守。あまりに正確に言い当てているのが、不気味だ。
「ど、どうして……」
「どうして? 落とし前は事実確認が重要なんですよ? 本当は龍人と恋人でないのに、殺してしまっては可哀想でしょ? あなたは特に要注意ですからね」
俺が、特に要注意、だと……。
「それはどういう……」
俺が言いかけた時、喧騒に混じってパトカーのサイレンが聞こえてきた。先ほどの殺人について、誰かが警察へ通報したようだ。
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