第9話
「それで、その事件の調査はどうなったんですか」
「それがですね、事件は迷宮入りになりました」
「えぇ!? 大勢の目撃者がいるのに、ですか?」
俺は驚いて声を荒げた。
「龍の舞という儀式が、これがまた厄介でしてね」
「と、言いますと?」
「まず龍役と演奏者は、龍の仮面を付けて儀式を行います。さらに龍役は、龍人と呼ばれる特定のグループしか演じられない決まりです。龍役はその龍人と呼ばれる人の中から、くじ引きで龍役を決定します。その際、龍役を誰が引いたのか特定をしない決まりだそうです」
「え、どういうことですか」
「つまり、儀式の関係者も含めて、誰が龍役を演じているのか分からない状態で、儀式を始めているんですよ」
「そんな……」
「だから事件発生時、犯行の瞬間は確かに大勢の人が目撃しています。しかし龍役が誰かは、誰一人わからないんです」
「でも、普通は龍役の準備とかで、痕跡が残るものでしょう?」
「ええ。確かに今まで行った儀式は、儀式終了後に何となく誰が龍役だったか分かっていたそうです。しかし殺人が起きて現場が騒然としてしまった。犯人である龍役は混乱に乗じて痕跡を跡形もなく消し去ってしまったみたいです」
儀式の最中で殺人を実行するなんて大立ち回りをして、その手がかりを一切残さないとは。それが本当だとしたら、犯人はかなり狡猾な人物だろう。
「それでですね。崎守家と龍堂家なんですよ」
と倉持は顔を険しくして言った。
「崎守家は黒鱗村の村長であり、龍の舞を取り仕切っている家系です」
「えっ、そうなんですか?」
驚いた。崎守はそんなこと、一言も言っていなかった。
「それで、問題は龍堂家です。これを説明するには、昨日話した言い伝えに補足を入れなくてはなりません」
倉持はコーヒーを啜った。
「龍は村を守る際、村の何人かに力を与えました。その村人達は龍人となった。龍堂家は判明している龍人の家系の一つなんです」
「判明している……? 今村にいる人達のなかで、龍人である家系は全て判明している訳じゃないんですか?」
「ええ。我々警察も、龍堂家しか龍人の家系を把握出来ていません。それで、今回の殺人事件です。久遠君」
倉持は顔を寄せた。俺は察して耳を傾けた。すると彼は、ヒソヒソ声で語り出した。
「結論から言うとこの事件は、崎守家と龍人がグルとなって仕組んだ殺人事件だと、私は思っています」
俺は思案する。
「村はダム建設に関して表向きは賛成だったが、実は反対だった。ダム建設の責任者を殺害したのは、龍役で間違いはない。その龍役は龍人の血を引いた家系から選ばれる。一方、崎守家は儀式を取り仕切っている。いくら犯人が狡猾とはいえ、痕跡を何も残さず、事件が迷宮入りするのはおかしい。つまり崎守家が犯人に協力している可能性がある」
と俺は思考の内容を呟いていたことに気がついた。倉持は驚いた様子でこちらを見ている。
「いやあ、流石は刑事と記者の血を引いているだけありますねえ。そうですよ。まさに私の推測と同じです」
倉持はガハハと笑った。
「まあそういうことです。つまり龍堂家は殺人事件の容疑者。崎守家もグルである可能性がある。なので久遠君に口止めしておいたという訳です」
「なるほど」
と言いながら、俺は該当するクラスメイトの顔を思い浮かべる。
あの二人がグル? 崎守奈緒と、龍堂尊。俺はあの二人が話しているところを見たことがない。でも龍堂は見るからに怪しい。
「ああ、そうだ。賢い久遠君なら分かっていると思いますが、崎守家も龍堂家も格式の高い家系です。何かあっても、決して一人で立ち向かわないように」
「ええ、分かっていますよ」
「なら、良かった」
と倉持は伝票を持って立ち上がった。
「失礼。今日もまた、この後仕事が控えているのでね」
「分かりました」
俺たちは立ち上がって、喫茶店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます