第19話 猫又
きぬの下に出入りするようになった猫がありました。
きぬに抱かれて私を訪れますときには、まったくの猫ででしたけれど、そのうち、ただ一匹で現れることもあって、そんなときは人の言葉を話します。もちろん、傍らに余人があれば、ただの猫になってしまいます。
来るたびに、時候だの世情だの、おれは知悉し、また一家言持っているのだと言わんんばかりに、いろいろなことを言い散らしておりましたが、その猫が最後に訪れましたおりに、次のような話をいたしました。
おれは、猫の寿命を終えて猫又になった。
猫又が、人の言うところの妖怪、化け物か否かはさておくとして、どうしておれはただの猫として死なずに猫又なんぞになったのか。猫又になったということは、そこらの猫より一段偉くなったのか、それとも畜生からもっと業の深い化け猫になったのか。つまりは、おれは猫上がりと称されるべきものなのか、猫崩れと蔑称されるものなのか……
つらつら考えてみるに、おれは人であった前世でやむ方なく殺生を続けていたのが仇となり、いたずらに殺生を好む猫の身に堕し、なおその因果から逃れ得ぬままに猫又としてさらなる因業を背負うておるかにも思われる。と言うてこうした定めに抗うこともならず、ならば猫又として殺生を愉悦と割り切り、また狐や狸どもの変化などとも歌い踊り、さらにはかように人とも語らいはすれども、それがなんになろうかと、思わぬでもなかった……
実は、おれはまもなく死を迎える。
猫どもと同様、人に死に様を見せぬが我らの心得であるから、きぬにもおまえにも知れぬように姿を消すつもりであったが、こうして猫又となって縁があったというからには、これは前世、来世の約束でもあるかと思うて、おまえにだけは挨拶をしておこうと思うてきた。ついでに、亡霊と縁を結ばれたおまえなら、猫又と変じたおれの疑念にも答えられようか、そう思うておったが、こうして話しておるうちに、どうでもよくなった。
どうせなら、最後におまえの琵琶で一つ踊ってみようか、いやいや、亡霊好みの陰気な琵琶では、愉快に踊ることもままなるまい。
そうだ、それよりおまえから亡霊に言うてもらえないか。おれを飼い猫にしてくれないか、と……
かつて権勢を誇り、多くの人を虐げ嬲り殺しにしてきた一族の亡霊に飼われるのなら、こんな因果に苛まれることもあるまい。
いっそ、おまえも一緒に亡霊となって、因果律から脱け出そうではないか。
そうだ、それがいい。
まもなくおれの寿命も尽きるから、このまま姿を消すけれど、おまえが亡霊の一門に加えてもらえるなら、おれもそれに入れてくれ。
猫又がそう言い終わらぬうちに、きぬがやってきました。
それに気づいた猫又は、瞬時に走り去ってしまいました。
その気配を感じ取ったのかどうか、きぬは猫の消息を聞きました。
私が、いや、と首を傾げましたら、きぬは猫の名を呼んで出ていきました。
それでは、今宵は何を弾じましょうか。
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