第17話 三つ手

 足音を忍ばせて私を訪れました男は、三つ手の勘助、と名乗りました。

 私の前に座ったときも、その気配すら感じさせず、それでいて、私の様子を細大漏らさず見逃すまいとしているかのようでした。

 私は、風下から獲物に近づく狼の臭いを嗅いだように感じました。

 その男が、私の息を図ってしばらく、次のような話をしました。


 俺は、長く盗賊をやっていた。野盗もやれば押し込みもやった。人を殺める稼業にも手を染めていた。

 だからかどうかはわからねえが、この一年というもの、亡者の声が耳について離れねえ。夜も眠れず、頭がおかしくなりそうで…… いや、もうおかしくなっているかもしれないが、何とか聞こえなくなる手立てはないものかと、今夜はここに来たというわけだ。

もちろん、祈祷師やら坊主やら、これまでさんざん訪ね回ってきたけれど、誰も何ともできねえ。それどころか、前世の因縁だの何だのとほざいたあげく、法外な金だけむしりとろうとしやがる。笑って金を払うからと言って、懐から三本目の手を出して見せると、皆、そろって魂消るさまが面白くってしかたない。

 三つ手、というのは、俺の左の肋に、もう一本、小さな左手が生えているから付いた渾名だ。と言って、今、こうして出して見せても、あんたにゃ見えないから仰天もしないか。

 この手はな、生まれたときから左の肋にあって、俺を取り上げた産婆は、もぞもぞ動くこれを見て、悲鳴を上げたそうだ。

 親父はすぐに俺を捨ててこいと言ったそうだが、さすがに母親は忍びなかったのか、知る辺を頼ってどこぞの尼寺に預けたそうだが、俺は親に捨てられたんだ。

 尼寺の居心地は悪くなかったが、どれほど仏門に帰依していても、毎日こんな醜い子どもの面倒を、情け深く続けることなんかできるわけがない。そう思っているひねくれたがきにやっぱり手を焼いたのか、俺は他の寺をたらい回しにされたあげく、高利を貪る悪坊主の手先になったのを皮切りに、仏のみちどころか人の道さえ踏み外し、金だけじゃねえ。女の体も奪って、この三つ手を見て気味悪がったら、生かしておかなかった。

 誰かを殺めるときには、懐に隠したこの左手に握った匕首を不意に突き出す。それで、どんな剣の達人も刺されてしばらく不思議な顔をして己の刺された胸を見て、次に俺の顔を見ては頽れた。その顔がたまらなくおかしくて、そのときだけは、俺はこの三つ手があってよかったと思ったものだ。

 そうして何人の命を奪ったのか、今さら数えることもしねえが、おそらくは、そいつらの亡霊が、俺の頭の中で怨みの声を上げているんだろう。

 一度は亡霊に取り憑かれたというあんたなら、俺に纏わりついて離れないこいつらを、何とか追い払ってくれるんじゃあねえかと思ってこうして訪ねてきたんだ。

 まさかに、これこそ因果応報、どうにもならぬが金さえ出せば、なんてことは言わねえだろうが、どうにもしようがねえならしようがないで仕方ない。これだけ俺の悪行を知ったからには、他所でしゃべられるのも面倒だ。これ以上聞きたくはねえが、怨みの声をお前にも吐かせるようにしてやるまでだ。


 そう凄んでひと膝乗り出した三つ手の勘助は、

「さあ、何とかしろ」

 と迫りましたが、私にはどうすることもできませんから、だだ静かに首を横に振りました。

「じゃあ、仕方ねえ」

 抜き身の鎬で私の頬を一つ叩いたとたん、

「ああっ!」

 と、声を上げるなりそれへ倒れ込むと、

「畜生め!」

 声高に何度も罵りながらのたうち回る音を響かせました。

 頭の中で亡霊の声が駆け巡っているのでしょう。

 そのまま三つ手は本堂から転げ落ちると、夜もすがら、七転八倒を繰り返した末に動かなくなりました。

 明け方になって、寺男がこれを見つけましたときには、粉々に割れた頭から流れ出た血に塗れていたそうです。


 さて、今宵は何を弾じましょうか。

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