第13話 蝋母

「棺桶を背負った男がお目にかかりたい、とお出でです」

 きぬが呼びにまいりましたのは、粉雪が舞い散る日の、夕暮れでございました。きぬに手を引かれて私が本堂に入りましたら、

「棺桶は、下ろされたがよろしかろうと思いますが……」

 やわらかいきぬの声に、待っていた男は答えることなく、次のような話を語りました。


 あっしは、桶作りの職人をしておりまして、独り立ちを機に、小さいながら仕事場も備えた一軒家を借りました。

 ただ、そうは申しましても、居職一本で稼げるほどではありませんでしたから、ときに他から助けてくれと言われれば、そちらに何日も出かけることもあり、また、それなりにつき合いも増えて家を空けることも珍しくなくなりました。

 そんなあっしに世話をしてくれる人がいて、一緒になった女房は、蠟燭を細々と商っていた店のひとり娘で、大黒柱の父親が亡くなって店も立ち行かなくなったときに母親も体を壊して倒れてしまい、にっちもさっちも行かなくなった女でした。

 それでも、あっしが母親ごと引き受けましたら、己の身じまいぐらいはできるようになった母親ともども、女房はあっしに甲斐甲斐しく仕えてくれました。

 所帯を持って二年目に女房は身ごもりましたが、秋も深まって死産。女房もそのときに命を落としてしまいました。

 弔いを済ませて残りましたのが、あっしと母親でございます。

 母親は、精一杯あっしの面倒を見てくれましたが、いかんせん思うに任せぬ体では、女房ほどの働きはできません。

 元々一人暮らしの長かったあっしも、なるべく母親の手を煩わせないように振る舞っておりましたら、女房の一周忌に、

「あたしのことはいいから、後添えをもらってください」

 と言いました。

「それではお母さんんも一緒に面倒を見てくれる女を世話してもらって……」

 そう申しかけましたら、

「気遣いは無用にしてください」

 と言って、かすかに笑みを浮かべました。

「そんなわけにはいきません」

 あっしは、本気で女房の母親の面倒を、最期まで見るつもりでおりましたが、その年ももう暮れようかというときになって、助を頼まれて出向いた先から何日かぶりに帰りました夕刻には、さかんに雪が降っておりました。

 けれども、火の気のないうちの中は真っ暗で、母親の姿はありません。どこかに出かけたのかとも思いましたけれど、あの体でそう遠くに行けるはずもなく、あっしは、近所を尋ね歩きました。

 雪は激しくなって、道を白く覆い始めていました。

 まんじりともせぬまま夜を明かして翌朝も、心当たりを探し回ってみましたけれど、手がかりすら得られませんでした。

 その夜、疲れた体を横たえようと、押し入れの前に立ってはじめて半分ほど開いた押し入れの前に踏み台があることに気がつきました。でも、そのとき、あっしは深く考えることもなく床を延べて眠ってしまいました。

 母親の行方が知れぬまま、あっしは相変わらず桶を作って暮らしておりました。

 年が明けて夏も過ぎ、女房の命日が近づいた夜に、女房があっしの夢枕に立ちました。翌晩も明け方に現れて天井に目を向けましたから、あっしは開いていた押し入れの前にあった踏み台を思い出して、差し込む朝日に導かれるように押し入れに上がって天井の板を持ち上げて覗いてみましたら、そこに小さくなった母が、両手を膝の上に揃えて座っておりました。

 腐ってもおらず、鼠にかじられたような跡もございません。

 ちょうど、生きたまま蝋のように固まって、小さくなった、そんな感じでございました。

 あっしは、母親のために棺桶を拵えました。その中に母親を入れて、あっしが背負って女房を弔った寺に運び入れましたけれど、この棺桶がどういうわけか下ろせません。

 これは、母親の念が残っているに違いない……

 そう思いまして、あちこち巡って供養をいたしましたが、このとおり、どうにもなりません。

 こちらにまいりましたのも、母親の成仏を願ってのことでございます。


 私ごときがいくら念仏を唱えてましてもどうにもなるものでもありませんから、何も申せませんでしたけれども、ふと、

「お母様は、そなたを慕っておられるのでは……」

 そう、きぬが呟きましたら、不意に棺桶の中から炎が上がりました。 

 それに気づいて男が慌てて棺桶を下ろしましたら、これがするりと下りたばかりか、しばらくして棺桶はすっかり燃え尽きてしまいました。

 あとには、蝋の溶けたような欠片も残っておりません。

 さて、今宵は何を弾じましょうか……

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