第14話 腹顔蝦蟇
田んぼの蛙がしきりに鳴いていた夜でした。いえ、その蝦蟇が訪れたから、蛙が盛んに鳴き始めたのかもしれません。
濡れた足で一つ飛び、しばらく間を置いてまた飛ぶような気配に、はじめは、大きな蛙が迷い込んできたのかと思いました。
でも、私がそちらに顔を向けましたら、それは、低い、潰れたような声で、
「ようよう、会えたか……」
独りごちて、次のような話を語りました。
法師に転生を語るは、まさに釈迦に説法と言ったところかと思うが、現に転生した者を見ることは、いかに法師と言えども珍しかろう。だがしかし、転生した己自身が、おのが姿を知って驚き歎くものである。
しかも、この蝦蟇の腹に人だった己の顔が現れているのを見つけたときの心持ちが、誰にわかってもらえるだろうか……
仏道に言うところの輪廻転生であったとして、ただの蝦蟇であったならば、なにゆえ我が身が蝦蟇に生まれ変わったのかと思い悩むこともなく、ただ蝦蟇としての生をまっとうできれば、むしろ幸せであったろう。ましてや、数十年生きたあれこれがこの蝦蟇の腹の中に、いや、頭に残っていればなお、おのが因果に疑念を呈するは必定である。
その、蝦蟇の腹にある顔を、貴僧にお見せできないのは、不快厭悪の情を生じせしめぬという意味で幸いと言えるかもしれぬ。
わしは、仏道に熱心な徒ではなかったけれど、さりとて悪逆無道な人非人でもなかったと自負しておるゆえ、なおさらにこの身の転生に得心がいかず、なにゆえかと思わぬときはない。だからと言うて、答が得られるはずはなく、それでも何もせぬわけにもいかず、あるとき、蝦蟇の腹にあって地べたばかりを睨んでいるから何も見えてこないのではないかと気がついて、立つことを試みた。
後足を踏ん張って前足を思い切り跳ねること、千回のも及ぼうか、立って地べたの他を目にした刹那、この体はひっくり返って今度は前足後足が空に足掻くばかりで身動き取れぬ。そうしているうちに、樹上から百舌鳥が飛び来って、わしを嘴にかけようとしたが、必死でもがく後足がその嘴に当たって、我が身は元の四つ這いに返って、かろうじて虎口を逃れてからは、このような境遇にいたったことを歎き悔いるより、これからどうすれば蝦蟇の身からまた人に転生できるかを思い考えるようになった。
そうなると、人であったときに御仏の教えに熱心でなかったことが悔やまれて、もっと耳を傾けておけば、人に戻る法を知り得たかもしれぬ、いや、それ以前に蝦蟇に転生することもなかったやもしれぬ、とまた悔やむ。
ともかく、今は畜生から人に転生する法を知ることが先だと思い定めて、あちらこちらと尋ね回ったあげく、腹に人の顔を宿した怪異な蝦蟇を厭悪せぬであろう貴僧にすがるよりないと思うて、足掛け十年の歳月を費やしてまいった。
どうか、我が望みをかなえたまえ……
そう言った蝦蟇の濁った声は、高く鳴った蛙どもの鳴き声に打ち消され、次の瞬間には、蝦蟇の声も動く気配もなくなりました。
私がそれへ寄って手探りに触れてみましたら、蝦蟇は死んでおりました。
再び人に転生することを願って生涯を終えて、蝦蟇の願いがかなったか否かは存じませぬ。
さて、今宵は何を弾じましょうか……
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