第11話 鹿坊主
秋も深まって私を訪ねてきましたのが、清源と名乗る僧侶でしたが、その声が変に甲高く、思わず顔を背けましたら、清源には私が怪しんで首を捻ったようにそれが見えたのかもしれません。
さらに甲高い声で、次のような話を語りました。
さすがは世に知れたる法師様。
どうやらお気づきのようですが、御仏の弟子でありながら、拙僧は頭から鹿の皮を被っておりまする。好んでそうしているのではなく、何年もこの身より脱ぎ去ることができませぬ。これを何とかできぬものかと人にも尋ねてあれこれ試みましたが、どうにもならず、御無礼を承知で本夕は貴僧のお力におすがりしたく、かようにまかり越した次第にございます。
いえ、これでも拙僧は御仏の弟子として修行を積んでおります間は、戒律を厳しく守るばかるか、近在の者どもにも御仏の教えを説いておりました。極楽浄土を示し、八大地獄の恐ろしさを教え、来世の安寧を願うなら、御仏の慈悲にすがり、己の欲に溺れず、また人には施しをせよと言うてまいりました。多くは拙僧の言葉に耳を傾け、その戒めを守っておりましたが、ただ一人、猟師をしております者が、殺生を止めませぬ。
いかに父祖代々の生業とは申せ、これを己の代で止めてこそ、来世が約束されるのだと何度の申し聞かせても、拙僧をあざ笑うばかりで、そのうちに、
「あんまりうるさく言うとこうだぞ」
と弓矢を向けて脅します。
そんなおり、たまたま山で死んでおりました鹿を見つけまして、拙僧は天啓を授かりました。
すなわち、拙僧がこの鹿の皮を剥いで頭より被り鹿のなりをして山中に潜み、それをかの猟師が射てこれが人なりと知れば悔いて以後殺生を止めるのではないか。我が命を惜しんでいては、御仏の教えは伝わらぬ。
かように考えまして、ある朝、鹿の形を借りてかの猟師の眼につくように、姿を見せましたら、案に違わず、弓矢を拙僧に向けました。なれど、いつまでたっても矢を放ちません。拙僧もそれとなく猟師をうかがっておりましたら、やがて弓矢を構えたまま近づいてまいりまして、
「得て物か」
と誰何しました。
得て物とは、山の魔物のことで、猟師どもはこれを畏れております。
「さにならず」
と拙僧が顔を見せましたら、猟師は弓矢を下ろして舌打ちすると、
「小賢しい真似をするな」
捨て台詞を吐いて踵を返しました。
拙僧はその背中を追って、
「殺生はなりませぬ」
と言い聞かせましたが、その声が届く前に、猟師は山中を駆けていきました。
それからでございます。この鹿の皮が、おのが身より脱ぎ去ることができなくなりましたのは……
まったく、度し難き衆生のためにかほどの修行を積み申した拙僧がかかる憂き目に遭おうとは夢にも思わぬことなれど、まずはこの鹿を取り除くことを専一に、最後の望みと念じてこちらにまいりました。
どうか、貴僧の、悪霊をも追い払うた神通力によって、我が身に取り憑いた鹿を払いたまえ。
私のことを、どこでどう耳にされたかは存じませぬが、そのように懇願されても、どうにもならぬことはどうにもなりませんから、茶菓などをお出しして一夜の宿をお貸しするだけで、翌朝にはお引き取り願いました。
結句、何もしなかった私をさんざん詰って、清源なる僧は床を踏み破らんばかりの足音を残して立ち去りましたが、何やら勘違い、いえ、心得違いをされている御仁のように、私は思いました。
さて、今宵は何を弾じましょうか。
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