[大学時代]
二年に一回は顔を見せないと、自分は誰かからその存在を忘れられるのではないか。そんな打算と言うか不安を持っているので大学時代は多分、一回生と二回生の時はおばあちゃん家に行ったと思う。
三回と四回は言うまでも無く就活や卒論で行く余裕が無かった。ほんと私は、自分の都合でしか生きていない奴……。
年齢が上がるごとに家族の時間というものはズレはじめていって――家族一緒におばあちゃん家に訪れることが出来なくなっていた。私が三、四回生の時におばあちゃん家に行かなかったのと同じようなものだろう。人間歳を取ればとるほど誰かと時間を合わせる事は難しくなるのかもしれない。
大学生ともなれば子供じゃないんだから一人でおばあちゃん家に行くこともできる。ちょっと顔を見せるだけ、と気軽に考えていたのだけれど現実はなかなか私を安心させてくれない。
というのも、公共交通機関は未だに麻痺していたのだ。バスに関しては覚えていないけど、少なくとも鉄道――正式名称は覚えていないけどスーパードラゴンという系列の車両だったと記憶している――は復旧中。ちょうどおばあちゃん家近くの駅が走行不可になっていたのだ。
ゆえに、最も都合のいい移動手段は田舎では必須の自家用車になる。こういう時は母親の弟、すなわち叔父さんが迎えに来ることが慣習になっていた。
久しぶりに会ったおじさんは背が低くなって皺も増えて、肌も少したるんでくたびれたように見えた。多分私の頭の中で叔父さんは小学生の時に出会った頃の若い印象で固定されていたのかもしれない。背の高い、カッコいい頼れる叔父さん。それが震災か、私の自我意識がハッキリしてきたせいでいきなり歳を取ったように見えてしまうのだから、我ながら私はものすごく失礼な奴だと思う。
一関駅からおばあちゃん家まで車で約二時間。だったのだけど、いつの間にかバイパスが出来たおかげでその工程は一時間半にまで短縮される事になった。
以前までは割と入り組んだ、震災の街を見ながらの運転だったのがバイパスであれば一本道で、山の中を、震災の跡を見ずに行くことができるようになる。
お互いあまりしゃべる人間では無いので無言でいる時間を気を使わなくていいのはありがたかったし、ビビりな私にとっては傷跡が見えないのはホッとした。未だに私は自分の中で震災をどう受け止めていいのか分かっていない。
おばあちゃん家に到着するとそのまま叔父さんと別れて家屋の中へ。本当に、おばあちゃん家は何事も無かったかのように存在しているから恐ろしい。別に「被災者なら被災者らしく不幸でいろ」だなんて暴力的なことは思わない。ただ、おばあちゃんは運が良かったのだ。立地が少し山の上にあった。その一点で無事だったことが生死を分けたと思うと――母方の一族は本当に強い。
「あら――ちゃん。ようこそ」
叔父さんが老けたのとは対照的におばあちゃんは一見すると歳をとっていないように見える。もちろん白髪とか皺は増えているけれど、年々元気になっているように見えるのは気のせいだろうか。毎日が全盛期みたいに、おばあちゃんは生き生きと布団やお風呂など生活のあれこれについて私に指示をくれた。
私もさすがに大学生なので布団を敷いたり風呂釜を掃除したりの準備は自分でできる。一人きりでおばあちゃん家を訪れるのは初めてなので、家屋の中が普段以上に広く感じたけど不思議と寂しさは感じない。不変である事、それが私に安心感を与えてくれているのかもしれない……あるいは私が単に一人でいる方が楽ってのが強いのかも。
そう、一人である。そりゃ家族全員でなく私一人でやって来たのだから一人である事は当然なのかもしれない。しかし、それ以上にこの家屋に人間の気配が感じられなくなっているのは大きな変化ではないだろうか。
事情をおばあちゃんに聞くと、どうやら私がおばあちゃん家と呼んでいる家屋はおじいちゃんが寝起きする時、私達一家がやって来る時、お客さんの対応位にしか使っていないらしい。おばあちゃんや叔父さんは一つ下にある花園の事務所で寝起きして、生活の場はほとんどそちらに移っていた。事務所の生活臭たるや活気あふれるもので、おばあちゃんの事業に対する打ち込みようが分かる。
「朝早いし、腰が悪くなっちゃったし、コッチにいる方が楽なの」
見た目こそ若々しいけど、年齢の変化は着実に、おばあちゃんにも影響を及ぼしているみたいだった。
ゆえに、食事を摂るときは山の上下を往復する必要がある。慣れた道なので特に苦労は無いけれど、一つ危ないなと思ったのは夜に明かりが無い事だ。道路は舗装したけれども、そこに街路灯が設置されているわけでは無いので頼りのなるのは星明りだけである。東北の汚染の無い空は綺麗だけど、流石にそれは足元までは照らしてくれない。加えて、道路の外から見えていた街の灯りは津波に飲み込まれて何も無い。
私はまるで獣にでもなった気分で、夜闇の中を探るように歩いて行った。振り返れば、私はおばあちゃん家の明るいところ、温もりのある所ばかりを堪能していたのだと思う。一人を気取っていても、家族の明かりの恩恵を受けていたのは間違いない。食後にアスファルトを踏みしめながら、私は初めて一人でおばあちゃん家と向き合ったのだなと、その日の暗さは良く覚えている。
翌朝、おばあちゃん家に一人。時間が無限にある感覚になるのは少しお得かもしれない。
大学生ともなるとさすがにおばあちゃんに「どこかにつれていって!」とか暇つぶしをねだる事は無い。大人になると言うことは時間を自分でコントロールできる事なのかもしれない。私は大学で入った小説サークルの友人から借りた本を読んだり、小説を執筆したりして過ごしていたと思う。趣味がインドアなこと、あまり活動的でない事が合わさると引きこもりが加速するから恐ろしい。少なくとも私は自分からどこかに出かけたいとは言わなかった。
そんなふうにのんびりと過ごしていると大体おじいちゃんが声をかけてくる。
「あれ、――ちゃん勉強?」
「いや、本を読んでいるだから……勉強ではないかも……?」
「いやいや、本を読む、立派なことじゃありませんか。それも立派な勉強ですよ」
こんな風に、この家の唯一の同居人である私に声をかけてはふらりと姿を消す。後でおばあちゃんに聞いた所、おじいちゃんは普段被災地のあちこちを周って知り合いに声をかけているらしい。当時は八〇前半。よほど人が好きなのか、おじいちゃんの行動範囲の広さは本当にすごい。
そうやっておじいちゃんが去っていくと、今度は入れ替わりにおばあちゃんが声をかけてくる。
「――ちゃん。お昼にしようか」
おばあちゃんのトラックに乗せられて、多分花の納品ついでに色んな場所を見ながら、昼食は外食だった。
例一番記憶に残っているのはリンゴ農家さんがやっているログハウスみたいな建物のレストラン風の定食屋さんだ。
「ここのお店の花壇は全部おばあちゃんの花壇で出来ているんだよ」
おばあちゃんは誇らしげに胸を張ると顔見知りの店主に挨拶をしてささっとメニューを渡してくれた。もうかなり馴染んでいるらしい。
何を食べたのかは覚えていない。でも、お店は大盛況で活気があった。次に行く機会があればお店の名物のリンゴリキュールを買いたい。
他に回ったのは役場。と言っても津波で流された校舎の生きている部分を改築した仮設の物だ。
「この学校結構いい取引先だったんだけど流されちゃった」
おばあちゃんは何の気なしに言ったのだろうけど、私はその言葉にどう返事をしていいのか分からなかった。
三トントラックは私達を乗せて街の中をどんどん行く。陸前高田の方へ行けばそこはもう浸水域。何もかも流された場所だ。
津波の跡はまだ生々しく残っていた。津波をまともに受けてカラーボックスみたいになったマンションは相変わらず残っている。多分解体するのに時間とお金がかかるのだろう。
そして、街には震災直後に行った時とは異なる景色が追加されていた。
「こうやってね、土を盛っては固めてを繰り返しているんだけど全然進まないの」
おばあちゃんがトラックの車窓から指を差したのはジェットコースターのレールみたいに広がるベルトコンベヤー。そこから大量の土が運ばれては土地のかさを盛り上げてゆく。国の肝いりの公共事業。東北の街を復興地にするために、新しい生活のために街を再生する事業だ。
メディアは国は何もしていないと報じているし、一部著名人なんかは東北なんて住めたものでは無いと心無い言葉をかけている。
でも、盛り土の上には仮設で無い新しい家が建っていたり、盛り土と盛り土のブロックの隙間から地元の祭りの神輿が出て「わっしょい! わっしょい!」と声をかけていたり、生活が根付いている様子は本当に嬉しかった。
「おばあちゃんね、この近くの花壇も担当しているんだよ」
国の作業がまだまだ遅れている事が不満で無いといえば嘘になる。
でも、人間が二度と住めないと言うのも嘘だろう。
おばあちゃんや街の人たち、一度外に出ても戻ってくる人たち、東北に関わる人たちが強かに生活を続けていけば街は蘇る。
ひょっとしたらおばあちゃんはそれを私に見せたかったのだろうか。真意は分からないけど、おばあちゃんに見せてもらった景色は今も鮮明に、忘れたくない記憶として刻み込まれている。
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