[はじめに]

 私は昔から他者と思い出を共有することが苦手である。というのも、私は思い出に関わる記憶を簡単に忘れるのだ。例えば小学生の時は幼稚園に通っていた時の事を覚えていないし、中学の時は小学校の記憶を、高校ならば中学の、大学であれば高校時代の記憶をとどめることなく忘れている。

 現在社会人である私はちょっと前の大学時代の思い出を忘れかけているから自分でも恐ろしい。確かに高校からは成績の都合で学年ごとに付き合う人種が変わったり、大学は関東圏から関西へと生活環境を大きく変えたりしているので、その都度人間関係がリセットされたような感覚があった。だからと言って以前の思い出ごとリセットしている様なのは、こうして文字にしていると我ながら気持ちが悪い。

 あるいは、私が人間関係において淡白というか、あまり濃密な人間関係を構築してこなかった事も原因かもしれない。私は周囲の輪の中に溶け込むことが苦手で、小学生の頃から本が友達のようなもので小・中・高はあまり人と話さなかった。各時代にそれなりに友達はいたけれども、じゃあ現在連絡を取り合っているかと言われると全然である。思い出を誰かと共に振り返る機会が極端に少ない事も、私の思い出を忘れやすい傾向を助長しているように思われる。

 現在私は東京で一人暮らし。就職は関西の大学では無く、紆余曲折あって自分が生まれた関東圏へと生活の場を移したので再び人間関係がリセット。周囲に友達はいない。極端な話クラスメイトや友達といった他人は嗜好品のようなもので、私のように生活を最低限度の人間関係で済ませてしまえる人種にはあるいは思い出の共有と言うものは贅沢なものなのかもしれない。

 しかしながら、ボッチまっしぐらを行く私でも血で繋がった、共に多くの時間を過ごした家族との思い出までポロポロと脳からこぼしているのは流石にまずいと考えている。

 例えば、私は幼少期を父親の仕事の都合でスウェーデンで過ごしたのだが、その記憶がすっぽりと抜けている。多分四、五歳くらいの記憶で自分で覚えている範囲では「箱の中に直で入っていたホワイトチョコのアイスが美味しかった事」、「マンションに住む日本人の同い年の子供とウルトラマンティガのVHSを見た事」、「アパート、一軒屋、マンションと三か所位生活の場が変わった事」を今でもぼんやりと覚えているのだけど、それらの記憶は他の家族にとっては共有すべき大きな出来事では無かったらしい。

 オーロラを見たとか、花火を見たとか、覚えるべきらしい記憶をこれに限らず全然記憶しないので母から「アンタと昔の話をしても何も覚えていないからつまらない」と言われた事を今でも覚えている。これは母の発言を根に持っているのではなく、事実自分を示す言葉としてこれ以上当てはまる物がないので印象に残ったのだ。

 なるほど誰かと思い出話を共有しようとしても、私が覚えているのは印象的で華やかな部分では無く枝葉末節。自分にとっては重要だと思っていても、多くの場合はどうでもいい部分。そうなると、話がかみ合わないというか私が一方的にズレているのだ。私はこの事を本能的に理解していたのか分からないけど、それ故に他人とあまり関わって来なかったと、そう振り返ると合理的というか、寂しい奴だなと思う。私はとことん一人である方が楽な人間らしい。

 そんな私だから、これから書き記す内容はおそらく他人からしてみたらどうでも良いものである。そもそも日記とも私小説ともつかない、一個人の記憶・日記などはどうでもいい物の代表とも言える。

 けれど、そんな私でも、他人からしたらどうでもいい思い出でも忘れたくないものがある。この小説はそんな個人的に忘れたくない、母方の祖父母に関わる思い出について、私自身の自己満足のために書き記していくものである。

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