私の太陽
赤城ハル
私の太陽
最近クラスが、いや学校がざわついている。
心当たりのあるクラスメートは恐れ、心当たりのないクラスメートは安堵してはいるが内心はどうなるか分からないのでどぎまぎしている。そしてどっちに当て
異変が始まったのは8週間前。クラスの1人が死んだ。その時は誰も気付いていなかった。
異変に気付いたのは3人目が亡くなった頃だ。毎週水曜日に1人亡くなっている。さらに亡くなった者達には共通点がある。それは連続で3人も亡くなれば馬鹿でも気付くこと。
全ての始まりは異変の起こる1週間前、つまり9週間前に
「こっくりさん、こっくりさん、こいつを呪って下さい」
と新山海姫を
陽奈が席を立ち新山の前に向かったとき、クラス全員は息を飲んだ。何か恐ろしいことが起こるのではと。だがそれは思っていた恐ろしさとは違った。私達は糾弾の一つや二つ発せられると思っていた。それは新山も同じであっただろう。その新山は呪いの言葉を受けてきょとんとしていた。
しばらくしてから新山は陽奈を嘲笑した。それに釣られて新山グループが笑い、そのグループと仲の良い男子グループ、そして強制的に生まれた、いわゆる空気を読んだ苦笑が波を持って発生。
だが、それでも、
「こっくりさん、こっくりさん、こいつを呪って下さい」
陽奈は恥じることも、恐れることもなく、明瞭に力を持って呪った。
さすがに腹が立ったのか新山が、
「はあ!? 何こいつ、まじウザいんだけど。きっしょ。死ねば」
それでも陽奈は声を上げて、
「こっくりさん、こっくりさん、こいつを呪って下さい」
「意味わかんねーぞ」
援護するかのように新山派のクラスメートが消しゴムを千切り笑いながら投げる。
それでも一切動じない陽奈に、
「るっせーぞ! 殺すぞボケ!」
男子が野太く相手を
「あーーーー! うるさーーーい!」
天に顔を向けて発した言葉は教室の空気を震わせた。
それにはさすがにクラス全員が息を飲んで驚いた。
くるりと翻って陽奈は教壇に向かう。途中それを邪魔しようと足を引っ掛ける男子がいたが陽奈は、
「邪魔だーーー!」
と叫んだ。
叫ばれた男子はびくつきながらもすぐに虚勢を張り、へらへらとにやける。
そして陽奈は教壇で、
「お前ら全員、許さないから! 絶対に許さないからな!」
と
扉が力強く閉められ、私はガラスが割れるのではと思った。
陽奈が出て行った後、新山は憤慨し、グループ友人や仲の良い男子は笑い、ひねくれた男子は今のをスマホで録画をしていてネットに上げるかどうかを面白がって話している。
隣の担任が異変を感じて教室にきた。何があったのかを尋ねたけど誰も答えなかった。ただクラスメートの視線は
さすがに隣の担任も新山が関わってることに気付いているはず。だから新山の方へよく視線を向けている。
担任が教室に入ってきた。担任は隣の担任が教室にいることに驚き、訳を聞く。そこで担任と廊下側のクラスメートが悲鳴を上げた。急な悲鳴にクラスメートは肩を跳ね驚いた。
廊下側のクラスメートが窓を指す。そして、「人が!」、「あれ上村じゃね?」、「飛び降り?」、「まじかよ」
悲鳴は窓際のクラスメートがすぐに窓を開ける。そして男子は驚愕の女子は悲鳴を上げた。悲鳴はうちのクラスだけでなく上の階や下の階からでも発生していた。
自殺の件で学校は記者会見を行った。校長が、
「自殺前に奇行が見受けられ心神喪失状態と考えられます」
それはまるで自殺の原因は謎の心神喪失であるとしているようだ。
「それはいじめの可能性で心神喪失に陥ったのでは?」
それでもマスコミがいじめの可能性を問い
「いじめの有無は目下調査中であります」
「クラス内でトラブルがあったとかは?」
「えー、前にトラブルがあり、クラスメートを疑って、相手の生徒の名誉を傷つけたことがありますが……」
まるで陽奈が悪いみたいな言い方。しかもあれって結局は新山が悪かったのに。加害者が被害者に。胸くその悪い出来事だ。
学校の記者会見を見ているとむしゃくしゃしてくる。
私はテレビの電源を切った。
それから一週間後、
それを知ったとき皆は馬鹿だなこいつと辟易していた。氷室は半グレと付き合っていることで有名でキメセクで死んだと聞いても、誰もがいつかはそうなるのではと感じていたので驚きはなかった。私もそうだ。それに氷室が亡くなって、せいせいしているくらいだ。
その一週間後に男子の
丸山が亡くなってクラスの一部では呪い説が浮上した。
そして3人目。亡くなったのは
はじめは3週目の木曜日である朝のホームルームで担任から誰かの訃報を聞くことはなかった。
それでクラスの誰も亡くなっていないという結論になり、陽奈の呪い説は消えた。今までのはただの偶然だと。
しかし、新山だけが無断欠席していた。そして翌日の金曜日も新山は無断欠席していた。けれどサボり癖があるゆえその時は誰も強くは意識していなかった。だが、月曜日に新山が行方不明なのが知れ渡ると、新山はどこかでもう亡くなっているのではとクラス中で口々に囁かれ始めた。そして火曜日に新山の遺体が発見された。新山は先週水曜日に暴走族に輪姦され殺されたという。その凄惨な死にクラスは怯え震えた。
この頃にはクラス中で陽奈の呪い説で持ち切りだった。次は誰かと。
異変が始まって4週目の水曜日に姫野真梨が
「上村のやつ、自殺の前にこっくりさんって言ってたよね。じゃあ、こっくりさんに聞いてみようよ」
とニヤリと笑い、机に紙を広げ、硬貨を置く。私の席からでは分からないけど、たぶん儀式用の五十音が書かれたプリントだろう。
姫野は別に呪いなんてどうでもいいんだけど、という雰囲気を醸し出しているけど、本心は自分の身を案じてビクついているのが声音で分かる。
「ちょっとあんた達も手伝いな」
人数集めとして姫野は近くにいた二人を誘う。
誘われた二人は内心いやいやだったが断ったら何される分からないので否応なしに付き合うことになった。
そうして姫野達はこっくりさんを始めた。
教室ではクラスメート達が息をのみ、姫野達の行為をじっと盗み見している。ある者は近付き、ある者は席を動かず肩肘を付き様子を見守っている。ちなみに私は後者の方だ。
「質問始めたら皆、目を瞑りな!」
「は? なんでよ?」
「公正のためだって」
「じゃあ答えが分かんないじゃん」
「ん~、おい近本! お前、読み上げろよ」
と命令され男子の近本が仕方なく読み上げる役に抜擢される。気になって近付いたのがいけない。
「それじゃあ、始めるよ」
姫野がうわずった声で宣言する。緊張している。でもそれは姫野だけではない。クラス全員が緊張していた。
「こっくりさん、こっくりさん。次に亡くなるのは誰ですか?」
私の席からでは机の上ではどうなっているのか分からない。分かるのは硬貨と紙の摩擦音、それと姫野が卑怯にも薄目を開けていることだ。
――こいつ最低だな!
「ひ……め……の」
近本が読み上げる。
「ちょっ! 誰よ!?」
姫野が抗議の声を上げ、犯人探しをする。
しかし、
「し、知らないよ」
「目を瞑ってるんだから、どこに止めればいいかなんて分からないし」
「押したのはそっちからでしょ?」
と非難の声が発せられる。3人は顔色は悪い。嘘を付いているようには見えない。
「……ま、まあ、いいわ。じゃあ次の質問」
姫野は唾を飲み、顔をひきつらせて、
「こっくりさん、こっくりさん、どのようにして亡くなるのですか?」
また姫野以外が目を瞑る。もう姫野はどうどうと目を開けている。
「か……し、違う。……『じ』だ。火事!」
そしてこっくりさんの言う通りに、その日の夜、姫野は自宅が火事になり亡くなった。
これで呪いは本物だと皆は信じた。
姫野の死後、花本がやめればいいのにわざわざこっくりさんを始めた。
そして、
「お……ま……え」
――『お前』
花本は叫び、教室を出た。それ以降、学校に来なくなった。
そして木曜日、朝のホームルームで花本が自室で亡くなっているのが昨夜、母親によって発見された。
誰かがちくったのか。担任にもこっくりさんのことがバレて学年問わず全生徒にこっくりさんをすることが禁止になった。
6週目で田中和彦が亡くなった。これで陽奈をいじめていた主犯グループはみんな亡くなった。
クラスメートはこれで呪いは解けたと安堵した者が大勢いた。中には私に聞く者もいた。
「ねえ、どうなのよ?」
「知るわけないでしょ」
7週目で川島柚子が亡くなったことでまたクラスは騒然となった。
呪いは終わっていなかったのだ。
川島は確かにいじめに関わってはいたが実行犯でもなく指示役でもなく、新山たちを
新山を庇った者は多い。自発的に庇った者から川島のように強迫的に庇わざるえない者もいる。
これから一体どれだけ者が亡くなるのだろうか。それからというものクラス全員がピリピリし始めた。ちょっとしたことで糸は切れ、ヒステリーを起こしてパニックに陥る。そのほとんどが女子達だった。彼女達は授業中に過呼吸になり、保健室に運ばれる。それに手伝った保健委員も保健室から戻ってこないこともある。恐怖が伝染するのだ。
このままではクラス全員が亡くなるのではと全学年にまことしやかに囁かれるようになった。
でも私は別にクラス全員が亡くなっても構わないとさえ思う。私も含めてクラス全員はクズだ。これから社会の役に立つとは思えない。例え、そいつらがボランティア活動をしても反吐が出る。
――偽善者は全員死ねばいい。
水曜日。クラスメートの誰かが亡くなる日。
いつも人が多い下校の道も今日は少なく感じる。
まだ夕方で空もオレンジ色なのにどこか現実離れしている感じがする。音も少ない。風も止んでいる。決して音も風もないわけではない。ただ急に風が吹き、枝を揺らす。その時の音が私の心を大きく不安にさせる。
気温は低く。肌はどこかざわついている。酸素が薄いのか呼吸も苦しい。何かが訪れようしている。そんな雰囲気を感じる。
そして背後に気配を感じた。
私は立ち止まり、振り返るのに深呼吸を要した。
覚悟は決めていたのに実際いざとなると怖気づいてしまう。
私はぎゅっと目を瞑り、といっても片目はうっすらと開け、俯きながら背後に振り返る。
うっすらと開けた目から女の足が見えた。
幽霊は足がないという。では違うのかと思い、目を閉じゆっくりと顔を上げる。
そして勢いよく目を開ける。
そこにいたのは――。
「……陽奈」
逆行のせいかそれとも幽霊だからか陽奈の表情は暗い。だけど目だけは力強い意思を感じる。見つめられているだけで胸が強く締め付けられる。呼吸が苦しくなり、じっとりとした嫌な汗が湧き出る。
彼女が私の元に来たということは私の番である。
私は一呼吸して、
「さあ、殺しなさい。私を殺せば彼等はますます絶望するでしょう」
明日の彼等の驚愕が目に浮かぶ。
陽奈は右腕をゆっくりと伸ばす。そして指先は私の心臓を指す。
すると左胸にボールが入ってきたような違和感を感じ、そして鋭い痛みが走る。
「がっ! あああ!」
私は反射的に激痛を和らげようと左脇を締め、右手で左胸を押さえ、体は左に少し傾く。しかし、激痛は治まらず私は膝を折った。
全身から力が抜けていく。呼吸は浅くなり、油汗はじっとり肌から溢れる。
そしてとうとう私は倒れた。右半身を下にして。
陽奈は私を怒りの目で見ていた。
「ごめんね。陽奈。裏切って」
涙が溢れ出る。これは痛みで流しているのではない。悲しくて、悔しくてだ。
私は最低な女だ。助けてくれた友人を裏切るなんて。新山が怖くて逆らえなくて、自分の身を守るために裏切ってしまった。
――ごめんね。私の太陽。あなたは正しい。間違ってるのはこの世界よ。
私は仰向けに倒れる。
――皆、呪われろ。明日から震えて暮らせ。
意識がうっすらとなる。
もう何も考えられない。
目蓋を閉じる。
この世界に呪いあれ。
私の太陽 赤城ハル @akagi-haru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます