都 優美穂視点 現在
タマちゃん
「どうぞ」
そう言ってタマちゃんが私の前に、ミルクと砂糖がたっぷりと入ったコーヒーを置いてくれる。
「うん。ありがとう」
私はそう言ったが、マグカップに手を伸ばすことはしなかった。
猫舌の為、少し冷め始めたくらいのが好みなのだ。
だが私のその行動を、タマちゃんは元気がなく、しょげているからだと受け取ったようだ。
「それで、何があったの? 優美穂」
いつも腰掛けるPCチェアに身体を預け、心配そうに声を掛けてくる。
「いや、そんな。何も――」
「時間の無駄。何も無くてあんたがそんな顔するワケない」
否定する私の言葉を、タマちゃんがぴしゃりと遮る。
「――うん。ごめん」
私がこういうと、タマちゃんは溜息を吐きながら椅子を百八十度回し、私に背を向ける。
そのまま液タブの傍らに置かれたペンを手に取るも、何をするでもなく手の中で弄ぶ。
……私が自分から語り出すのを待っているのだ。
今更だが、ここはタマちゃんの部屋だ。
そう言えば、彼女のことを余り深く語ったことはありませんでしたね。
……タマちゃんこと
モデルかってくらいに背が高く、それでいて引き締まっていて、細く、だが力強い。
長い黒髪をいつも後ろで束ね、ポニーテールにしている。
スカートが嫌いで、いつも上は革ジャンに、下はタイトなジーンズを履いている。長い彼女の脚の美しさが際立って見える。チビでちんちくりんの私と並んで歩くと、いつも姉妹と間違えられるのだ。
顔もとても凛々しく美人であり、私の中のカッコいい女性といえば、まず彼女が頭に思い浮かぶ。
いつでも自信満々だし、誰にでも強気だ。
……何だか、語れば語るほど、私とは対照的だなと思い知ってしまう。
初めて会ったのは、二回目の飲み会で、私を連れ出したミーくんが私に向けて怒鳴ったときだ。
あのとき、私達の荷物を持ってきてくれて、今度描いた絵を見せてあげると言われたのだ。
だが、再会はそんな和やかなものにはならなかった。
例の飲み会で、衆人環視の中でミーくんが私を連れ出したことから、その翌日さっそく私は、ミーくんへと思慕の心を向ける女子の皆さんに呼び出された。
呼び出され、もう何度目になるか分からない壁ドンを喰らっていたそのときだった。
そこに通りかかったタマちゃんが助けてくれたのだ。
「あの無愛想で根暗そうな男のどこがいいんだか分からないけど。まあそれはさておき……ねえ、なんでさっさとあいつに告白するんじゃなくて、あいつと仲のいい女子に嫌がらせすることを選んだの?」
私に壁ドンしていた女子の手首を捻り上げながら、タマちゃんが満面の笑みで言う。
今の私には、それがブチギレているときの表情だと分かるのだが、このときの私はワケが分からずに狼狽するばかりだった。
「あ、あんたに関係ないでしょ! 離してよ!」
「質問に答えたら離してあげる。あ、『話したら離してあげる』の方がカッコよかったなぁ……あちゃー」
余裕の表情のタマちゃんに、先程から腕を振り払おうと必死になっている壁ドン女子さん。まるで子供のケンカに親が参戦してしまったくらいの差があるように見えた。
「暴力はやめなよ!」
壁ドンさんと一緒にいた女子が慌てた声でタマちゃんを批判する。
「あっはっはっは! あんた達がそれ言う!? チョーウケる!」
タマちゃんが爆笑する。
壁ドンさんも、壁友さんも、私までもが、彼女の放つ謎の威圧感に気押され、何も言えない。
「痛いのよ! 離してってば!」
そう言って壁ドンさんが、掴まれていない方の腕で持っていたバッグを彼女に向けて振るう。
「よっ……!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
壁ドンさんが振るったはずのバッグが、すごい勢いで空へとかっ飛んでいく。
見ればタマちゃんが、そんなに脚が上がるのかと言いたくなるくらいに高々と、右足を蹴り上げていた。
自分に迫るバッグをとんでもない早さで蹴り上げた……のだと思う、多分。
……すごい。かかと落とし余裕で出来そうだな……なんて、私はどこか呑気な頭で考えていた。
「あ、そこどいて」
そんな私にタマちゃんが、後ずさる壁ドンさんの肩越しに、横にズレるよう、チョイチョイと手ぶりつきでそう言った。
「へ……?」
良く分からないながらも、私は言われた通り横にズレる。
「うん。ありがとう」
そう私に微笑み掛けたかと思うと、タマちゃんは後ずさる壁ドンさんに迫る。
「な、何よ! 暴力なんか振るったら、て、停学よ! いや退学だって――」
そう喚きながら後ずさる壁ドン女子さんは、さっきまで私がいた壁……自分が壁ドンしていた壁に、背を預ける形になる。
「だからそれ、あんたが言う? まったく……チョー……ウ、ケ、るっ!!」
「ひいぃっ!!」
ドガっ、とすごい音がして、見てみれば……今度はタマちゃんが脚で壁ドンをしていた。その足と壁の間には、先程宙を舞っていた壁ドンさんのバッグの取っ手が挟まっている。
丁度蹴り上げたバッグが落ちてくるタイミングで、壁ドンさんの顔面スレスレの箇所で、蹴りでキャッチしたんだ……!
ちょ、超カッコいいっスぅぅ……!
「あたしね、空手経験者なの。めんどくせーから段位とか取ってねーけど」
「ひ、ひいぃ……」
タマちゃんが壁ドンさんの顔に、自分の顔を寄せて囁く。
「自分を高めようとするでもなく、ライバルになるヤツの足を引っ張ることに行動力発揮するヤツって、死ぬほど嫌いなのよね。あの子がいなくなれば、あんたはあいつと付き合えるの?」
「ひいぃ……」
「万が一、あの子が橘から手を引いたとして、そんで新しいライバルが現れたら? またあんたはそいつへの嫌がらせに時間と力を注ぐの? だったら一回、橘に告った方が早くない? ねえ?」
「な、何を……」
「あたし何か間違ったこと言ってるかなぁ!? ねえ!?」
「ひ、ひいぃっ!!」
こ、こ、怖ああああああああ! 鈴鳴さんめっちゃ怖いっス!
さっきまで救世主だと思っていたのに、今は自分も緊張と恐怖で腋汗がビチャビチャっス!
「何も答えないってことは、間違ってるってことかなぁ!? ねえ!?」
「ひぃぃいいいいいっ!」
「だ、だ、大丈夫! もう、大丈夫だから! もう、いいっスから!」
私は震える手で、タマちゃんの上着の裾を掴んだ。
「もう、充分だから……!」
「……そう? あんた優しい子ねぇ」
「わぷっ」
満面の笑みになったタマちゃんが、腕で私を引き寄せ、抱き締める。
……何かいい匂い! あとおっぱいもある! 私みたいにただ無駄にデカいだけでなく、引き締まった身体の中にある、それはまるで丹精込めて耕された花壇に一輪だけ咲く――
「この子が命の恩人だからね? 感謝すんのよ?」
そう言ってタマちゃんは脚をぶんっと振り、壁ドンさんの腕にバッグを返す。
「今度からこの子に用があるときは、あたしを通すように。そんじゃねっ」
「…………」
その場にうずくまり、放心して何も言えなくなった壁ドンさんにそう言い捨て、彼女は私を小脇に抱えたまま歩き出した。
これ以降、私が彼女達から嫌がらせを受けることは無くなった。
「あ、あの、あの……ありがとうございました」
「大丈夫、気にしないで。後半から完全にあたしの八つ当たりになってたから」
「それでも……助かりました。あの、鈴鳴さん……ですよね」
私がそう言うと、彼女は意外そうな顔をした。
「お。前に一回会ったときにさらっと名乗っただけなのに、よく覚えてたわね。偉い偉い」
「ミャ、ミャ……」
そう言った彼女が嬉しそうに笑い、私の頭を撫でまわす。力が強いので首がぐるんぐるん回る。
「そういえば、あんたの名前、まだ聞いてなかったわね」
「都です……都、優美穂」
「見た目の可愛さに劣らぬ、可愛い名前じゃなーい!」
何がそんなに嬉しいのか、彼女は満面の笑みで私を抱き締めた。
「あの、前に……絵を見せてくれるって……描いてるんですか?」
私はされるがままの状態で、気になっていたことを訊いてみた。
「うん。趣味でネットに上げてるだけだけどね。『マルベル』って名義で」
「えええぇ!? ファンです! フォローしてます!」
「ふふ……ありがと!」
コレが、タマちゃんと友達になったときの思い出だ。
私はタマちゃんの淹れてくれた、ミルクと砂糖がたっぷりと入ったコーヒーを口に運ぶ。
……まだちょっと熱い。火傷するほどではなかったが。
未だこちらに背を向け、液タブのペンを弄ぶタマちゃんに視線をやる。
「タマちゃん……」
「…………」
「ウチね……ミーくんに、フラれちゃった」
「…………」
ペンを弄んでいた彼女の手の動きが止まる。
「…………」
彼女が無言で立ち上がり、こちらに向かってくる。
「タマちゃ――」
予想はしていたが、そのまま抱き締められた。
「優美穂……辛かったわね」
「……うん。ありがとう」
タマちゃんの胸の中で、もう散々泣いたのに、枯れることを知らない涙がまた溢れてくる。
「それで、優美穂……?」
「んん?」
「撲殺と、絞殺と、毒殺……どれがいいかしら」
……こうなると思った。
「あたしの優美穂を泣かすとか……千回死んでウンコに生まれ変わっても
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