飲み会リベンジ

「全員グラス持ったー?」


『持ったー!』


「そんじゃ始めさせていただきます! 乾杯うぇ~い!」


『乾杯うぇ~い!!』


「か、乾杯……うぇ~い……?」


 こんにちは。都優美穂です。


 察しのいい方はお気づきかもしれませんが……私は今、絶賛飲み会に参加中です。


『また酔い潰れたいのかこのバカ女』とか思わないでください! アレはテンパリ過ぎて失敗しただけです! 今回はちゃんとウーロン茶です!


 やはり手っ取り早く誰かと打ち解けるには飲み会が近道……ここまでは間違っていないはずだ。前回の私は、この後の選択を誤ったのだ。


 今度こそ自分を上手くコントロールしてみせる! そして友達ゲットだぜ! といきたいのですが……


「…………」


「…………」


 長テーブルの対面側の一番端、つまりは対角線に座っている男の子、橘海月くんことミーくんが『また酔い潰れたいのかこのバカ女』と言いたげな視線を送ってきている気がしてならない、今日この頃です。


 ……だ、大丈夫っスよミーくん! ホラ、ホラっ! ウーロン茶!


『今日の私は今までのミャー子とは一味違うのだぜ!』とアピールするように私はグラスを掲げて見せた……のですが、どうもミーくんは運ばれてきた料理に釘付けのようで既にこちらへの興味を無くしているご様子。


「じゃあ簡単に自己紹介いきましょうか!」


 乾杯の音頭を取った男子……よく見ればミーくんを熱心に誘っていた彼ではないか……が、明るい声でそう言う。


 ……待て、自己紹介だと? 私は聞いておらんぞ!


 いや、まぁ別に流れ的には全くもって不自然なことではないのですが……まずい。まずいぞ。全然考えて無かった……!


 ミーくんも不満そうな顔で幹事の彼を睨んでいる。……あ、違う。アレは『早くメシ食わせろ』の顔だ。


「うぇーっす! 今日は何人かお持ち帰りしようかと思ってまーす!」


『サイッテー!』


 それぞれが自己紹介を進めていく中、私は密かに頭を抱えていた。


 ……自己紹介。自己を紹介、PRすることだ。しかし飲み会にける自己紹介とは面接の時のそれとは若干おもむきが異なるように思える。


 大学のAO入試の時のように『幼少期をアメリカで過ごしたこともあるので英語は問題なく喋れます』とかでいいのだろうか? でもコレくらいしかクリーンなPRポイントないしなぁ。


「橘海月です。今日は三人前は食って帰ってやろうと思ってます」


『うぇーい!!』


「よっ! 橘まさかの大食いキャラっ!」


「うるさい。早く食べさせろ。いい加減口にチョコチップスティックと水以外の味を放り込みたいんだよ」


「失礼しました。じゃあ次――」


 うん。英語得意だってアピっておけばすぐに効果はなくとも、課題で詰まった時に『都さんに相談だ』な流れになるかもしれないし、これでいくか……と私が半ば心を決めていたその時だった。


「――しょっちゅう海外に旅行とかに行くので日常会話くらいなら英語しゃべれまーす」


「……!?」


 ……か、か、被ったぁあ……!!


 よく見れば自己紹介の主は、今もチラチラとミーくんを目で追っている、私を壁ドンしたリア充女子の御方ではないか!


 その瞬間、私の脳裏をかつて夕食時にお父さ……父が『入ってくる新人がナカナカ育たない。人事の連中はどこを基準に見てるんだと』ボヤいていた言葉が駆け抜けた。


 その後確か『いくら人事のエキスパートと言えど、やはり人間なのだから同じような特技を何度も何度も並べられたら判断は鈍るだろうが……』とか言っていた。


 ……だ、駄目だ! 面接などでもそうだが一対一の時ならばともかく、集団面接や他の人達の目や耳がある場でPRの内容が被るのはダメ……ッ!


 ……何だか頭がざわざわしてきた。考えろ……身を投げろ……ッ! 思考の海に……ッ!


 どうしても先に言った人間の方が有利だし、後から言った人間は少なからず『おいおいおい被ったわこいつ』と思われること必至……ッ!


 ここで私が『海外に住んでました。英語はまかせてちょ』なんて言ったら先に自己紹介した彼女に真っ向から喧嘩を仕掛けるスタイルになってしまうのではないだろうか?


 間違いなく彼女と親しい人間からは『おいおいおい空気読めないわあいつ』やら『おいおいおい大したつらの厚さだわこいつ』だの思われてしまうことだろう。


 同性の友達が欲しい私からしたらそれはノーグッドだ。そのルートに行くことは何としても避けなくてはならない。


 ど……どどどどどうしよう?


「あの……次、キミだよ?」


「はわぁああっ!!」


 ぴゃああああ!! そうこうしている内に私の順番が来てしまった!!


 ここで流れを滞らせたらその時点で『おいおいおいだわこいつ!』になってしまう!


 事実ミーくんも『早くしろ、メシを食わせろコラ』って目で見てるし!!


 私はしどろもどろの頭で何とか立ち上がった。


 自己紹介? 自己PR? つまり趣味や特技? えーとえーとえーと趣味と特技……!!


 趣味、趣味……好きなもの!


「み、みみみみ都優美穂です! え、えっとえっとえっと、す、すすす好きなモ●ルスーツはケ●プファー! ガ●ダムだったらマ●クⅡかぺー●ロぺーが好きです! と、特技は……」


 と、特技? 特技……!?


「特技は……真空コマンドを7フレーム、絶好調時は6フレーム入力できることと、FPSで走ってる的にヘッドショットできることです!」


「…………」


「…………」


『…………』


 ……終わった。


「えー……と、じゃあ次の」


 幹事の彼が進行させようと言葉を口に出そうとする。


 ……まだだ!!


「あの……もう一回自己紹介やらせてくださいっス!!」


 私は即座にやり直しを要求した。まだ勝負は終わってないっス!!


 あんなオタク丸出しの自己紹介じゃ駄目だ! 少なくとも友達が欲しいヤツの語る自己紹介ではない! あくまでゲームが好きな、普通の女子だということを分かってもらわなくては!


 歩み寄る意志を見せなくてはならない。同種であることを示さねばならないのだ。


「あ、うん。じゃあ――」


「チョリ~ッス! 都優美穂でっス。友達からはミャー子って呼ばれてま~す」


 ……友達まだ一人だけどねっ!!


「みんなもテン上げな呼び方試してぇ~、アリ寄りのアリだと思ったら好きに呼んで~! オケ丸水産~うぇ~い!」


「…………」


「…………」


『…………』


「……あの、以上です」


 私は火を吹かんばかりの真っ赤な顔で滝のような汗をかき、俯きながら、消え入るような声でそう言った。


「はい、じゃあ次隣の――」


 ……もぅまぢ無理。死にたい。ナシ寄りのナシだった……! 




 どれくらい時間が経っただろうか。


 気がついたらウチの目の前には空のジョッキが一、二、三……四つ。


 どこまでがウーロン茶でどこからがウーロンハイだったのだろう? うぅ、さっきまで逆にテンション高かったのに一気に気持ち悪くなってきた……。


 ちら、と目をやるといつの間にかミーくんは女子に囲まれていて――


「どう? それおいしい? 橘くん好きなんじゃないかと思って頼んどいたの」


「うん、もぐもぐもぐ美味い」


「ホントー? じゃあこれも頼んでみよっか? こういうの好きかな?」


「ぐびぐびぐび多分好き。というか嫌いな食べ物などない」


 ――なんて具合でイチャこいてる始末っス。いや餌付けされてるだけのようにも見えるっスけど。


「都さん聞いてる? じゃあ次の問題いくよ!」


 んおっ? 気がつけばウチの周りには眼鏡に茶髪の小太り……もしくはガリガリ眼鏡にニキビ……つまり、オタクなメンズが集まってるじゃーないっスか。


 ……そうだ。ウチが妙ちくりんな自己紹介かましたから、同好の士が寄ってきてしまったのだった。


 いや迷惑ではないのだが……我ながら贅沢だとは思うけど、できればウチは同性の……女子とお近づきになりたいのですが……。


 ……でも、盛大に滑ったウチに構ってくれてるんだから、親切な人達なのかな。


 なんて、もう少しウチが鈍ければ、 素直にそう思えたのかもしれない。


 ……ホラ、また胸、見た。


 正直、少し昔を思い出してしまう。お酒のせいだけではない気持ち悪さが、胸の奥からチラリと顔を覗かせる。


 この人達には悪いが、敢えてそっけない態度を取らせてもらおう。


 そうすればノリの悪い気取った女と思われてしまうかもしれないが、妙な期待もさせないで済む。そうやって少しずつ彼らの興を削いで、いつの間にかフェードアウトしよう。


 ウチは……いや、私は少し冷えた頭でそう考えていた――。


「ガ●ダム開発計画に於けるGPシリーズは、花の名になぞらえたコードネームで呼ばれることもあるが、主人公である――」


「ゼフィラン●ス」


 ――のだが、ああ、また脊髄反射的に反応してしまう!! ストップミャー子!!


「ではライバルである――」


「サイサ●ス」


 って、バカ野郎! 的になりたいのかミャー子!


 ミーくんがいたら絶対アホだろって言われる! そう思って私は一瞬チラ、とミーくんを盗み見る。


「ホラ橘くん。コレも食べて食べて」


「ん」


 ……彼は女子に料理をあーんされていた。


 いや正確には目の前に出された料理に食いついた犬のような動作だったが。それでも女子の使っていた箸からだ。


「おいしい?」


「ん」


「ふふふ」


「…………」


 ……何だ。ミーくんは女の子が嫌いなんだと思っていたけど、そうでもなかったのか。


 ……同類の様に思っていたのは、私の勘違いだったんだ。


 別に彼は悪くない、何も悪くない。でも何だろう、心が沈んでいくような感覚を覚えた。


「じゃあ次の問だ――」


「トイレ……!」


 私はなおもテンションを上げる男子の声をピシャリと遮って席を立った。


 自分で思っていた数倍は不機嫌な声が出た。

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