都 優美穂視点 ロードポイント3
初壁ドン
そんなことがあり、晴れて私とミーくんは友達となった。
大学でもぽつりぽつりと彼と話すようになり、これまで以上に彼を観察するようになり、色々と分かったことがある。
ミーくんこと橘海月くんは、パッと見クールでドライな人間だ。
だが、よく観察しているとそうでもない。どっちかというと
周囲の人間は、彼を無愛想で他人に興味を持たない人間だと思っているだろう。
そして、おそらくミーくん自身も、周囲にそういう印象を与えたがっている。
……多分、人と関わっていられる程の余裕がないから。
他の学生達の愚にもつかない甘えた発言を聞いていると、自分との境遇の差にコンプレックスを感じてしまうから。
……ハッキリとは言わないけど、おそらくミーくんの家はあまり裕福ではないのだろう。常に他人の顔色を窺っていた私だから見抜けたことなのかもしれないが。
何故彼がクール&ドライな人ではないという考えに至ったかというとだ。
講義中に誰かが「アレ、消しゴムがない」と呟いたときなど、彼は必ず即座に自分の消しゴムを掴み、そこから逡巡する。
おそらく『渡すべきか? いやでも戻ってこなかったらどうする? そもそもそんなことをしてやる必要があるのか?』とか考えているのだろう。バレバレである。
そして逡巡している間に、消しゴムが見つかったり、他の人が渡したりして解決してしまう。
その度に彼は「ふん……」なんて言って悔しそうな顔をしている。他の人から見れば意味不明だろうが、最初からずっと彼を見ていた私は笑いそうになってしまう。
何故ならアレは、渡さないなら最初から無視する。渡すなら渡す、のどちらかに徹しきれなかった自分を責めているのだと分かってしまうからだ。
発見は他にもある。
「なぁ橘、今度飲み会しない?」
「……しない。そんな時間も金もない。そもそも誰だお前は」
彼が話し掛けてきた友人(?)を冷たくあしらっていた時のことだ。
「さっきまで隣で同じ講義受けてたろ! 頼むよ。お前が来るなら来るって女子がいっぱいいるんだよ」
「それを聞いて完全に行く気がなくなった。お前は大学に何をしに来ているんだ、俗物め」
……そう、ミーくんは合コンやら異性と遊ぶ為に時間を割いている人を、過剰に嫌う。
私も友達が欲しいと思ってアレこれ頭を抱えているから、今回の彼の様な罵りを受けるのではないかと思ったのだが、そんなことはなかった。むしろ応援してくれた。
どうやら彼は『自分を異性とみなして近づいてくる女』と『そういったことにばかり時間を費やす人間』が大嫌いなようだ。
ミーくんはモテる。何せ顔がいい。おまけにクールに見える。
だから幾人もの女子が、彼にお近づきになろうとしては、けんもほろろに手厳しい塩対応をされる。そんな光景をまだ出会ってそんなに経っていないのにも拘わらず、もう数回は見掛けている。
……異性と見られることに嫌悪感を覚える……私は彼にシンパシーを感じた。彼とならきっと親友になれる。やっぱり運命だったのだ、と。
「頼むよ! 時間は橘が大丈夫な日にするから! あと料金もこっちで持つ!」
「本当か……!?」
去り掛けていたミーくんが、その背中に拝むように掛けられた言葉に、すごい反応を見せる。
「も、モチモチ! 食べ放題の飲み放題!」
「なん……だと……!?」
「だ、だからさ、日程やどこの店にするとか、詳しく話したいからさ――」
「ふむ、ならば昼食もまだだし、どこかゆっくり話のできるファミレスにでも入るのが得策かもしれんな。しかし僕はあまり高いところは……」
「モチロン俺の奢りだよ! どこでも好きなとこ奢っちゃう!」
「本当か!? ……しょ、しょうがないヤツだなぁ……」
……と、まぁ、みんなと本人が思ってるより、大分彼はチョロくて現金で、そしてちょっとアホだった。
それはまぁいいのだが、私の『友達たくさん計画』はあまり芳しくない。
ミーくんが友達になった勢いに乗って、今度は同性の友達が欲しいのだ。
さすがに私ももう『向こうがウチと同じ趣味を持っていない』と向こうのせいにして自分は何もしないで泣き寝入るほど子供ではないのだ! 今度はこっちから歩み寄ってみせる!
……と、意気込む私なのだが。
「ねぇ都ちゃん? 最近ちょこちょこ橘くんと話してるとこ見掛けんだけど?」
「は、はひ」
何故か女子に壁ドンされる女子……つまり、私がそこにいた。
学内の移動中、声を掛けられたから半分ウキウキしていたらこれだ。泣きそう。
「都ちゃん、前に都ちゃんがお持ち帰りされた時『誰が助けてくれたかも覚えてないし、相手の名前も聞いてない』って言ってなかった?」
「はひ」
「なのに何でいつの間にか話すようになっちゃったの?」
「え、えと……その……」
「ハッキリ喋る」
「はい! その、助けてくれたことでお礼を言いに行って、あの、何か……話すようになりました!」
「……そんだけ?」
「…………」
……これ、友達になって、ウチに泊まりましたとか言ったら、まずいことになるよね?
「……そんだけであります!」
「ありますって何……超ウケる。分かった。ごめんね何か」
「い、いえ」
と、平和的解決の道が見えた、その時だった。
「あ、いた。ミャー子」
『!?』
問題のミーくんこと、橘海月その人が、私に声を掛けてきてしまったのだ。
「み、ミーくん!?」
「うん……あのさ、またアレお願いしていい?」
「あ……アレ?」
アレ? アレとは何っスか……?
あ、ああ……もしかして泊めてくれってことかな!? 泊まってるって人前で言うのを避けてくれたのかな?
見ればミーくんはまた眼に
またバイト三昧なのだろう。
「い、いいっスよ……喜んで」
せっかくボカしてくれたのに、私は嬉しくて口許が弛みそうになっていた。
……よかった。また、頼ってくれた。
「ホントごめん。今度何かお礼するから」
そう言ってミーくんが私と話していた女子達を見て、最後にもう一度私を見たかと思うと、いつもより優しい……『友達できたんだな。よかった』と言いたげな笑顔を浮かべて歩いて行った。
「……はいっス」
そう返しながらチラ、と横目で女子達の反応を窺ってみる。
……みんな、赤くなっている。
ですよね。普段あんな顔しませんもんね。ひたすらクールな彼が見せた一瞬の親しみ、ですもんね。
……そして顔を赤くしていたみんなが私の方を向く。
……血走った瞳で。
先程よりクッキリハッキリと正真正銘、見よ、これが壁ドンだッ!! と教科書に残してもいいくらい美しい形で私は再び壁に詰められた。
「うふふ都ちゃん……どういうこと……コラ!?」
「はは、はははは……」
私は泣き笑いの表情で何も答えることができなかった。
……つまり、最初にできた大切な友達、ミーくんのせいで――
――同性の友達作りは、困難を窮めつつあるのだった。
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